約 2,287,606 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5955.html
いったい何が起こったんだろう。 あたしには分からなかった。 月曜朝のHR。あいつはいつもギリギリに近い時間で、けど少しだけゆとりある時間で教室に入ってくるはずなのに…… 岡部教諭が入ってきてもまだあいつは現れなかった。ただ岡部教諭だけは事態を飲み込んでいたみたい。 「えー、――くんだが家の都合で今日は欠席する」 少しだけざわつく教室。 この『――』部分はあいつの本名。と言っても、あたしは別の呼び方をしてるけど。 欠席……? この言葉に正直言って違和感を感じた。 だって体調不良なら『病欠』って言うはずだし、残念ながらあたしたちSOS団はインターハイとは無縁だから部活関連で休むなんてあり得ない。 家の都合にしたって、あたしは何も聞いていないし、一昨日もそんな話をあいつはしていなかった。 どういうこと? あたしはこのときはまだ事の重大さに気が付いていなかったし、もちろん漠然とも感じていなかった。 でもね。 結果から言えば、あたしは後々激しく後悔した。そしてその後悔は思ったより早くあたしを包み込んだものだから後悔が絶望に変わるまでの時間はそんなに長くはかからなかった―― 涼宮ハルヒの切望Ⅰ―side H― その日、あたしはどうにも前の席が気になった。 ん? もしキョンがいないから寂しかった、なんて想像したならお門違いよ。 そもそもあいつのことだから今日は欠席しても、明日、何食わぬ顔でひょっこり現れるだろうし、家の都合なら親戚に不幸があったのかも知んないし、ならそっとしておいてやる方が当然よね。 というか、今はあたし自身があいつの顔を見たいと思わない。 なら、今日のこれは好都合ってもんよ! 「あのぉ……涼宮さん……今日、キョンくんは……?」 「家の都合で欠席」 どこかおどおど問いかけてきたみくるちゃんに、棒読み口調で即答のあたし。 「家の都合、ですか?」 「そうよ。親戚に不幸でもあったんじゃない?」 第二の問いかけはいつもは目の前にキョンが居てボードゲームに勤しんでいる古泉くん。 もちろん、彼の問いにも予想を交えて即答。 「……まだ怒ってる?」 って、有希! 何そのいつもは無表情なのに今日ばかりは妙に哀れんだ瞳は! そもそも何でSOS団全員がヒラで雑用のあいつが気になるのよ! 「――SOS団全員ということは涼宮さんも気にしておられるということですか?」 じろ 「これは出過ぎたマネでした。ですが、一昨日、あんなことがあったというのに彼のことを心配なされている姿に僕は感動したものでして」 苦笑を浮かべて古泉くんが続けてきた。 ふむ。そう言われると悪い気はしないわね。 え? 土曜に何があったかって? んなこと聞いてどうするのよ! また蒸し返して怒りがこみ上げてくるだけだわ! まったくキョンと来たら、集合場所に一番遅れるだけならともかく、あたしに無断で他の女と一緒に駅に来るなんてどういうつもりかしら! しかもよ! 「仕方ないだろ。今日一日預かることになったんだ。けどまさか他人の家に一人で留守番させるわけにはいかないだろ。今日だけ同伴で頼むぜ」なんて言うのはまあ器量の広い団長なんだから認めてあげないこともないけど、それにしたって何であんなに仲睦じいわけ!? 「あのー涼宮さん?」 「何よ!」 「いえ……なんでもありません……」 みくるちゃんが何か聞いてきたけどどうでもいいわ! む~~~~~~~~思い出すだけで腹が立つ! 「涼宮さん、彼の言葉を信じてあげてもよろしいのではないかと」 「どういう意味よ! まさか古泉くんもキョンのあんなたわごと信じてるわけ!」 「いやまあ……確かに僕も初めて本人を目にしては、とても信じられるものではありませんでしたが……」 古泉くんがごにょごにょ引き下がる。 キョンが連れてきた女の子がどんな子ですかって? ふん! キョンは小学六年生、もうすぐ十二歳の十一歳とか言ってたけど絶対嘘よ! 可愛らしいのはまあおいとくとしても、あんな発育のいい小学六年生がいるわけないじゃない! はっきり言って、あ……じゃなくて! 有希といい勝負なんだから! あ、何で今言い直したんだって思わなかった? ……否定はしないわ……だって、それくらい発育良かったし…… って、何暗くなってんのよあたしは!? などと思いつつ、今日は苛立ったままで一日が過ぎてしまった。 うん。寝る前に牛乳をたくさん飲もう。たぶん、カルシウムが足りないんだ今のあたしは。 間違ってもあの女の子に負けないためじゃないわよ。 そこんとこ誤解しないように! 涼宮ハルヒの切望Ⅱ―side H― 涼宮ハルヒの切望Ⅰ―side K―
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1388.html
(作者の都合によりいきなりクライマックス) ハルヒを孤立させるため、キョンの篭絡を計った朝倉 しかし天性のニブチンであるキョンはなかなか朝倉になびかない。 業を煮やした朝倉は正攻法、搦め手を含めてキョンへのアタックを続ける。 そのうちにだんだんキョンのことが好きになってしまうが、朝倉は認めようとしない。 あくまでハルヒを孤立させるためという建前を貫き通していた。 そしてハルヒの誕生日前日、朝倉はわざわざ翌日をキョンに告白する日に定め、 彼につきまとう。なぜかキョンもその日に限って朝倉と仲良くしていた。 ハルヒはそんなキョンに素直になれず、悪態をついてしまう。 そして誕生日当日、キョンと朝倉が仲良くしている姿を見るのがイヤだったハルヒは 学校を休んでしまう。 ハルヒ「あーあ、今日は誕生日だってのに、なにやってんだろ私・・・」 学校をサボッたハルヒは、ベッドの上でゴロゴロしていた。 不意にハルヒの目から涙が流れる。 ハルヒ「やだ!私、別に悲しくなんか・・・キョン・・・バカキョン・・・ アイツ、とうとう朝倉と付き合うのかな・・・」 とうとうハルヒの目から大粒の涙が溢れ出してきた。 ハルヒ「キョン・・・なんであんなヤツと・・・バカキョン・・・うぇ・・・・グスッ・・・・」 ハルヒは耐え切れなくなり、ついに大きな声を上げて泣きはじめた。 その日、キョンは早めに学校に着いたが、一向にハルヒは教室に現れなかった。 昨日朝倉と急接近したせいか、それとも他に理由があるのか、 キョンは妙にそわそわしていた。 朝倉「キョン君、おはよ!」 キョン「あ、ああ。おはよう。昨日はサンキューな」 朝倉「別にお礼なんていいわ。私も楽しかったし」 その日はなぜか朝倉も少し浮かない顔をしていた。 キョンはその日の授業をうわの空で聞き流し、午後の授業が終わると急いで部室に向かおうとした。 朝倉「待って、キョン君」 キョン「ん、どうした?」 朝倉「少し話があるの・・・いいかな?」 キョン「・・・ああ、かまわないぞ」 一方、ハルヒはその日一日を泣きながら過ごしていた。 キョンのことを思い浮かべては涙を流すの繰り返しである。 そのせいで夕方ころには目を真っ赤に腫れ明かしていた。 不意にハルヒの携帯が鳴り出した。着信先を見ると、朝倉からである。 ハルヒ「フン、どうせキョンと付き合うことになったことをみせつけたいだけなのよ」 ハルヒは朝倉からの電話を無視していたが、あまりにもしつこくかかってきたので 着信8回目にしてついに出てしまった。 ハルヒ「うるさいわね。なんか用?」 朝倉「とんだご挨拶ね。・・・今からちょっとだけ顔を貸してもらえない?」 ハルヒ「おあいにく様!こっちは体調不良で寝てるの。また今度にしてちょうだい」 朝倉「ウソおっしゃい。どうせ仮病でしょ?川沿いの公園のベンチで待ってるから。 絶対くるのよ!」 ハルヒ「もしかしてキョンも一緒にいるのかな・・・」 キョンのことを思い出すと、また泣きそうになる。 ハルヒ「・・・しかたないわね。このままずっと寝てるわけにもいかないし」 ハルヒは朝倉に会いに行く決意を決めると、すばやく準備をして家を出た。 朝倉「遅いよ」 ハルヒ「あんたが突然呼び出したりするからよ。んで、何の用?さっさと済ませちゃってよ」 ハルヒは覚悟を決めていたが、朝倉を前にするとやはり心が痛んだ。 朝倉「・・・そんなに構えなくていいわ。たぶん、あなたにとってはいい話だろうから」 ハルヒ「どういうことよ?」 朝倉「なんだか、どうでもよくなってきちゃった」 朝倉の言葉に、ハルヒはわけがわからずに聞き返した。 ハルヒ「はぁ?意味わかんないわよ」 朝倉「キョン君のことよ」 キョンの名前を出されて、ハルヒは一瞬ビクっとした。 朝倉「私ね、はっきり言ってあなたのことが嫌いだった。私と同じぐらい、いやそれ以上に 勉強やスポーツができて、顔もかわいいあなたのことをね」 ハルヒ「・・・・・」 朝倉「はじめはね、クラスで孤立してるあなたを見て安心してたの。 でもね、サークルを作ってキョン君と仲良くし始めたあなたを見て、 なぜかすごく憎らしく思えてきたの」 ハルヒ「それで私を目のカタキにしてたってワケ?とんだ迷惑ね」 朝倉「その通りよ。だからあなたからキョン君を奪おうと思ったの・・・ 別に本気で好きだったわけじゃないのよ。ただあなたを困らそうとしただけ」 ハルヒ「・・・・・」 朝倉「それでね、さっきキョン君に告白してきたんだけど」 ハルヒ「!?・・・やっぱり」 朝倉「でもね、断られちゃった。彼、ちゃんと好きな人がいるらしいわ」 ハルヒ「どうして・・・?だってアンタたち、昨日だってあんなに仲良くしてたじゃない」 ここまでくると朝倉は笑顔を崩し、ハルヒを睨みつけるような表情で言った。 朝倉「そうよ。私だって彼の気持ちは私にあるんだって思ってた・・・ 昨日はね、彼、私にシルバーアクセサリーについて詳しく聞いてきたのよ。 私、よくショップを回ったり、時には自作したりもしてるからね。人並み以上には 詳しいと自負してるわ」 ハルヒ「・・・あ!?」 朝倉「心当たりがあるようね。彼にねだったことでもあるの?・・・その通りよ。 彼は今日のあなたの誕生日のために、わざわざこの私に教えを受けてたってわけ。 バカにしてると思わない?」 ハルヒはそれを聞くと、自分の勘違いを深く恥じた。 ハルヒ(キョン・・・まさか私のために、そこまで考えてくれていたなんて・・・) 朝倉「彼に告白を断られた後、そのことを聞き出したわ。まったくピエロもいいとこよ」 そういうと、朝倉はハルヒに近づいてきて、ハルヒの頬を張りつけた。 朝倉「おめでとう!これで彼はあなたのものよ!お幸せにね!」 そこまで言うと、朝倉は走ってその場を去った。 ハルヒは唖然とした顔で、走り去る朝倉の後ろ姿を見つめていた。 朝倉「なによ、人をバカにして!別に本気だったわけじゃないけど ヘンに気を持たせるような素振りを見せなくてもいいじゃない」 朝倉がマンションの下までくると、そこには長門が立っていた。 長門「・・・これ」 長門が缶ジュースを差し出すと、朝倉はひったくるようにして 手に取り、一気に飲み干した。 長門「・・・あなたは、彼のことが」 朝倉「言っとくけどね。私は涼宮さんが憎かっただけなの。 キョン君のことなんて本気じゃなかったわ。彼が私になびいたら、 さっさとフッてやるつもりだったの」 長門「あなたは素直じゃない。でも、以前よりは本音を言ってくれるようになった」 そういうと、長門はゆっくりとハンカチを差し出した。 朝倉「なによ・・・みんなでバカにして・・・ホント、私だけバカみたいじゃない・・・」 その夜、朝倉と長門はマンションの屋上に上がり、街の光を眺めていた。 朝倉「今頃、あの二人仲良くやってるだろなあ・・・ あーあ、こんなことになるんだったら最初から正攻法で攻めるんだった」 長門「私は、あなたがうらやましい」 朝倉「こんなヘソ曲がりで陰険な私が?えらく持ち上げてくれるわね」 長門「あなたは人を惹きつける明るさを持っている。彼だってあなたの明るさには惹かれてた。 ただ、あなたは素直じゃないだけ」 朝倉「あなただって、私の本性は知っているでしょう?明るさなんて表面上だけのものよ」 長門「表面上だけでも、それは立派なあなたの個性。私にはそれがない」 朝倉「言ってくれるわね。私だって、あなたのその素直な性格がうらやましいわ」 長門「そう」 朝倉「そうよ。素直さにかけては、私やあの涼宮さんなんて足元にも及ばないわ」 長門「・・・そう」 朝倉「そんなにうれしそうな顔しないでよ」 その後、朝倉とハルヒはよくケンカするようになった。 しかしそれは以前のような水面下だけのものではなく、 お互い本人を前にしての口ゲンカである。 似たもの同士、少しは互いを理解できたというべきか。 朝倉も少しずつではあるが本心を明かすようになり、 以前とのギャップに篭絡されたヤツは男女問わず多いようだ。 次学期の委員長にはハルヒも立候補するつもりのようだが、 人望の面で圧倒的に不利である。 その差をどう埋めるつもりなのか、少し気になる。 まあどちらが勝っても対した問題ではない。 願わくば、この友情が末永く続きますように。 終わり。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2560.html
あってはならない惨劇から半日もの間、俺は一歩も動けずただじっと座っていることしかできなかった。 俺が読んでいた国木田のノートは全部偽物? それどころか、俺の妄想にすぎなかってのか? だが、あの正体不明のノートのおかげでそれが現実になり、古泉たちの存在まで書き換えてしまった。 そして、俺が作り出した妄想で俺が悪の組織に仕立て上げた機関の人たちを俺の手で皆殺しにしてしまった。 「いつまでそうやっているつもり?」 力なく自動車道の縁石に座り込んでいる俺の隣には、ずっと朝倉がいた。座りもせずにただただ優しげな笑みを浮かべ 俺をじっと見下ろしている。 俺は力なく路面を見つめたまま、 「……何もする気が起きないんだよ」 「でも、何もしないからといってこの現実は変わらないわよ」 朝倉の台詞は陳腐にすら思えるほど定番なものに感じた。その通りだ。何もしないからといって何が変わるわけもない。 だが…… 「どうしろってんだよ……! 死んだ人間はもう生き返らなねえんだぞ! こんな……こんなことをやらかして どの面下げてハルヒたちのところにいけって言うんだ!」 絞り上げれられたような声が口から吐き出た。そうだ。もうどうしようもない。どうにもならない…… 「ごめんなさい……」 ここに来て朝倉の声が変わった。今までのにこやかなものとはうってかわり、悲痛に満ちたものに変化している。 俺はすっと頭を上げて、朝倉を見た。そこには初めて見るような悲しげな表情を浮かべた彼女の顔があった。 「さっきはごめんなさい」 朝倉は謝罪を続けるが、なぜ謝る? 「思わずあなたが悪いように責めちゃったから。少し考えてみたけど、やっぱりあなたは悪くないわ」 「安っぽい同情なんて止めてくれ。そんなことをされても虚しくなるだけだ……」 「いいえ、これは重要なことなの」 そう言うと朝倉はすっとしゃがみ込んで俺の背後に回り、ささやくように言葉を続ける。 「あなたは悪くないわ。やったのはあのノートをあなたに渡した人よ。何の目的があってやったのかは知らないけど、 あなたを陥れようとしていたことは確実だわ」 「だが、いくら誘導されても俺がみんなを信じ切れなかったことは確かなんだよ! あんな妄言なんて信じずに まず古泉たちに一言相談すれば良かったんだ」 俺は頭を埋め尽くす後悔の念に耐えられなくなり、手で顔を覆う。 少し考えればわかったことだった。最初に機関にあのノートを見せるなというのは、 国木田に対する信頼もあったから否定することは難しかったかも知れない。だが、内容は今考えれば明らかにおかしい。 そもそもなぜ回想録のように今までのことを振り返る形式で書かれている? そんな重要な告発文なら とっとと結論を書いておくはずだ。理由は簡単。あの時俺の頭には、国木田がどうして、どうやって機関に入ったのかを 知りたい願望があった。だから、あのノートの内容を裏で操作していた奴は、それを叶えるように回想録のような形式にした。 俺は自分が知りたいという願望が忠実に再現されていたため、その内容に全く違和感を憶えていなかった。 そして、次に決定的に不自然だったのがページからページに飛ぶ際だ。まれに続きが気になるような切れ方をしていたが、 その次のページには俺が望んだとおりの内容が書かれていた。あれが知りたい、これはこうだったんじゃないか―― そう言った要求や想像に的確に答えている。考えればすぐにわかったことだ。 それなのに俺はまるで何も考えず、その内容をただ受け入れた。 その時は良いと思っても、あとで見返せばとんでもなく問題のある行為だった、なんていう話は日常ではよく見かける。 俺はこの重要な局面でそれを犯してしまったんだ。 「それは違うわ。そもそも、あんなノートを使ってあなたの猜疑心を煽るなんて言うことがなければ、 こんな事にはならなかったのよ? 色々条件が整えば、誰でもつい不安に思ったりしちゃう。 大抵の場合は、それは時間が進んで別の事実に付き合わせれば、ただの妄想に過ぎないって解消されるわ。 でもね、このノートは徹底的にあなたを煽り続けたの。不安に不安を募らせて、あまつさえ現実へ介入さえした。 だから、全てに置いて矛盾が発生しなかった。こんなことは第3者の悪意がなければ成り立たない話よ。 はっきりと言えるわ、あなたのせいじゃないって」 「だが……やっちまったことには変わりがないんだよ。もうどうしようも……」 ここで朝倉はすっと俺の背中に抱きついてきた。そして、さらに耳元でささやき始める。 「自分のミスが許せないのね。でもね、こんな理不尽な話があると思う? 自分のせいじゃないのに、とんでもなく大きい罪を 着せられてしまう。やった本人に復讐はできるけど、だからといって起きてしまったことが変わる訳じゃない。 あなたはそんな不合理が許せる?」 「それが現実って奴だ。一度やってしまったことが消えるなんて言うことはあり得ない」 「でも、その方法が一つだけ存在していると言ったらどうする?」 朝倉の言葉に、俺ははっと顔を上げた。俺のミスが全部無かったことになる? バカ言うな。そんなことがあるわけがない。 だが、朝倉はしゃがんだまま俺の前に立ち、両手で俺の方をなでるようにつかむと、 「あるわ。一つだけね。そして、その方法をあなたは知っている……」 俺を見つめている朝倉の瞳に吸い込まれそうな感覚に陥る。そんな方法が存在していて、俺が知っている? この俺の失態を無かったことにできる方法は一つ。死んだ古泉たちを生き返らせるぐらいしかないぞ。 そんなことはいくら望んでも適うわけが――いや、ある。確かにある。 「……あのノートだ! あそこに俺が殺してしまった人たちが生き返るように書けば――」 「それは無理。少なくともあなたが望むようなことにはならないわ」 「なんでだ! あそこに書いたものは全て現実になるんだろ? なら生き返れと書けば生き返るはずだっ!」 つばを飛ばして力説する俺だったが、朝倉は顔を背けることもなく、ゆっくりと首を振って、 「有機生命体の生存活動を再開することは可能だと思う。でも、それでできあがるのはただ生きているだけで意思のかけらもない ただのタンパク質の固まりのようなものだけよ。記憶、感情、身体的構造……あなたはそれを全て知っている? それを事細かに表現して、ノートに記さなければ、あなたが望んだ人形ができあがるだけだわ」 「だったら全部元通りって書けばいいだろ!」 「それもどうかしら? 曖昧な記述では、どういう作用の仕方をするかわからないわよ? それにあのノートの背後に あなたを誘導していた人がいることを忘れないで。そいつの意思で記述の内容をどうにでも書き換えられるんだから。 やってみる? うまくいくかも知れないし、失敗するかも知れない。あなたに任せるわ。でも、そんなリスクのある方法よりも もっと確実な手段をあなたは知っているはずよ。よく考えてみて」 朝倉の問いかけに、俺は再度思考をめぐらせる。確かにノートの使用にはリスクが生じる。 そもそも、あれは俺を陥れるために渡されたものだ。同じ事が再現するだけかも知れない。 そうなれば、もっと良い方法があるならそっちを選択するべきだな。他には――他に―― 次に脳裏に過ぎったのは、過去に遡ってとっととあのノートを破り捨ててしまう方法だ。 そうだ、過去を改ざんしてしまえば惨劇は全てなかったことにできる。それを可能にするためには 朝比奈さんのTPDDがあれば可能だ。そうだ、それでいい。 だが、すぐに問題点が頭に浮かんだ。まず朝比奈さんがTPDDを使わせてくれるのだろうか? いや、大体あれを使うかどうかは、過去の朝比奈さんの言葉から察するに彼女一人の判断ではできない。 未来側の許可がいることになっているようだ。俺のミスを帳消しにしたいから過去に戻りたいなんていって許可が下りるか? 到底、そんなことが認められるとは思えない。それに、過去を変えてしまったら、今こうやって自分の失態に苦しんで 打開策を悩んでいる俺自身はどうなる? 過去が帰られたが故に、俺のいる未来そのものがばっさりと切り捨てられることになる。 それでは何の意味もない。 「――涼宮ハルヒ」 唐突に朝倉の口から飛び出してきた言葉。ハルヒ。長門曰く情報爆発であり、朝比奈さん曰く時間の断層、 古泉に至っては神と呼ぶ存在。そして、それが有している力は何でも作り出せる情報創造能力。 「……そうか。ハルヒか! 確かにこんな閉鎖空間を平気に作り出せる奴だ! あいつの能力をちょっとだけ使わせてもらえば、 こんなことは全部無かったことにできるかも知れない! そうだハルヒだ!」 至った結論に俺は大きく笑い出してしまった。さっきまでの絶望感が嘘のように無くなり、閉鎖空間の灰色も ずっと明るくなっているようにすら感じられる。 「そうよ、涼宮さんの力を使えば何でもできるわ。あなたの理想がすべて叶うのよ。それってすごく素敵な事じゃない? そして、あなたは涼宮さんにとって大きな存在でもある。自覚さえしてくれれば、きっとあなたの言うことも叶えてくれるはずね」 「だが、どうすればいいんだ?」 ここで朝倉は俺の頬から手を離し、立ち上がる。そして、すっと空を見上げると、 「実を言うとね、あたしは涼宮さんの居場所を知っているの。でも、頑固に閉じこもっちゃってて出てこないのよ。 だから、あなたに説得して欲しいのね」 「……わかった。すまないがハルヒのところまで案内してくれ」 「うん、そうする。でね、ちょっとお願いがあるんだけど……」 朝倉はもじもじした仕草を見せつつ、 「あなたが涼宮さんにお願いするときに、あたしの願いも叶えて欲しいの」 「いいぞ、そのくらい。ハルヒに頼んでやるさ」 「ありがとう! じゃあ、これから涼宮さんのところに連れて行ってあげる♪」 そう言って朝倉は軽い足取りで俺の手を引き始めた。そうだ、ハルヒのところへ行こう。そうすれば、全て終わるんだから―― ――目を覚ませ! この大バカ野郎が!―― 「いてっ!」 耳に背後から聞いたことのあるような無いような声が届いたかと思ったら、頭の頂点分を何かで思いっきり殴られた痛みが走る。 ヘルメットを外していたおかげで、何かが頭を直撃したようだ。 俺はあまりの痛みに頭をさすりながら、振り返る。せっかく気分が良くなったってのに、なんだ一体! ……しかし、振り返った瞬間、俺の身体が凍り付いた。なぜならそこには一瞬だけ『俺』がいたように見えたからだ。 すぐに2,3度目をこすって見返す。すると、『俺』の姿はすでに消えていた。幻覚でも見たかと思ったが、 頭の痛みはそのままだ。なんだってんだ。 「どうかしたの?」 俺の異変に気がついたのか、朝倉が不思議そうにこっちを見つめている。俺は痛みの残る部分をさすり、 特に怪我とかをしていないことを確認しつつ、 「いや……何でもねえよ。さあ、とっととハルヒのところへ行こうぜ」 「うん、わかった」 そう言って俺たちはまた歩き出す。しかし、さっきのは何だったんだ? 一瞬俺の姿も見えた気がしたが、 それにその前に浴びせられた罵倒は俺の声じゃなかったか? まさかドッペルゲンガーじゃねえよな。 それとも俺の深層心理の部分で何か引っかかるものがあるとでも言うのだろうか。目を覚ませ。それがその時聞こえた言葉の一つ。 「……目を覚ませ――か」 その台詞はあのノートに騙されている時にかけられるべき言葉だろ。俺の第六感ってのは反応まで半日以上かかるような 鈍い代物なのか? まあいい。もうそんなことなんてどうでもいいんだ。ハルヒの元に行けば全て解決するんだからな。 ――騙されないでっ!―― 今度は可愛らしいが鼓膜が吹っ飛ぶぐらいの声が脳内に響く。 ――お願いですっ! しっかりしてくださぁいっ!―― しばらく声の音量がでかすぎて気がつかなかったが、ようやくわかった。 「……朝比奈さんですか!?」 俺の頭の中の声は間違いなく朝比奈さんのものだった。ああ、2年近く聞いていなかったが、このエンジェルボイスだけは どんなことがあってもわすれるつもりはねえぞ。 ――キョンくんっキョンくんっ! 気を確かにしてくださいぃ! がんばって! しっかり!―― 「いや朝比奈さん! 声をかけてくれるのは大変ありがたいんですが、もうちょっと音量を下げて……。 鼓膜がいかれるどころか、脳内の音声認識回路までふっとんじまいそうですよ!」 ――あ、すみませんっ……ごめんなさいぃぃぃぃぃ―― もうこのふにゃふにゃな対応は朝比奈さんそのものだ。これがまた朝倉のように脳内イメージから作り出されたっていう偽物なら 俺はもう何にも信じられなくなるぞ―― ……唐突に。本当に唐突に気がついた。いや、気がついたと言うよりもあの『目を覚ませ』『しっかりしてくださぁい』の 意味がようやくわかったといった方がいいだろう。ちっ、何で今まで気がつかなかった? 「本当にどうしたの? 大丈夫?」 また朝倉が不思議そうな顔+不安な顔を俺に向けてきていた、 俺は立ち止まったまま朝倉を凝視し 「お前は誰だ?」 その言葉に、朝倉の顔にわずかながら動揺が走った。まるで気が付かれたかと言いたげなように少しだけ引きつっている。 だが、すぐにいつもの柔らかい笑顔に戻ると、 「そんなこと知ってどうするの? あたしのことなんかより、今のあなたにはやらなければならないことがあるんじゃない?」 「そうだ。だからこそ、不安要素は全て消し去っておきたいんだよ」 俺の返答に、朝倉は今度ははっきりと失望の表情を浮かべた。そして、視線を下げたまま俺の元に歩いてくる。 ――キョンくん気をつけて。その人は……―― ああ、朝比奈さん。今度は声が小さすぎて聞こえませんよ。何ですか? だが朝比奈さんが再び声をかけるまでに、朝倉が俺の前に立ち、とんでもないバカ力で俺の肩をつかんできた。 「良いから黙って付いてくればいいのよっ!」 俺は驚愕する。今さっきまでは確かに俺の前にいたのは朝倉涼子だった。あの谷口はAA+評価を下すような完璧の美少女。 だが、今俺の肩をつかんでいるのは、全く見たことすらない中年女だった。浴びせてきた声も可愛らしいものとは正反対の すり切れて低い声だ。 ――その人はキョンくんの知っている人ではありません!―― 「何で言うことを聞かない!?」 朝倉――いや、中年女のどす黒い罵声が俺の身体を震わせる。その顔は怒りと悪意で醜くねじ曲がり、異様な殺気を 噴出していた。上から下まで見回しても見たことのない奴だ。俺が生まれてきてから見てきた人の中に こんな奴は全く該当しない。誰なんだ。 「あんたは黙って言うことを聞けばいいっ! そうすれば、仲間を皆殺しにした罪は全部消えるんだよっ! 何の損がある!? まだ何か不満でもあるって言うのかいっ!?」 「――離せこの野郎!」 俺は必死にその中年女引きはがそうとするが、化け物じみた力で俺を押さえつけているらしく全く微動だにしない。 挙げ句の果てに、怒りにまかせて俺の身体を揺さぶり始めると、 「どうしてあたしの邪魔ばかりするっ! どいつもこいつも気にくわない! せっかく優しくしてやったのに、 平然と疑いやがって! 何様のつもりだ、このくそ男が!」 あまりの罵倒ぶりに一瞬頭の中が空っぽになる。何だ、こいつは。今まで変な奴も見たことはあったが、 度を超して狂っているぞ、こいつは。 「ああそうかい! お前がそんな態度を取るってなら、こっちも情けなんてかけないよ! 今すぐお前の思考能力を奪ってあたしの人形に仕立て上げてやる――」 『そうはさせない』 今度は長門の声が俺の頭の中に響いた。ほどなくして、中年女の表情が一変して俺から離れようとするが、 すぐに醜い悲鳴を上げて苦しみ始める。ああ、はっきりいって展開について行けてねえぞ俺は! 「ふざけやがって! 死ね! みんな死んじまえ! どいつもこいつも! みんな消えて無くなればいいのよ! 消えちまえっ!」 そう最期まで汚らしい罵声を上げながら、その中年女の姿が原子分解でもされたかのように光の粉となって消えていく。 そう言えば、長門が朝倉を消滅させた時もあんな状態だったな…… 『時間がない。すぐあなたを別の時間軸へ転移させる』 いや、長門。少しは俺に説明してくれよ。はっきり言って訳がわからなくて、頭の中でA~Zまでの単語がバウンドして 暴れ回っているんだ。 『急がないと彼らがやってくる。すぐに行きたい場所を思い浮かべて』 ああ、もうわかったよ。その代わりあとでゆっくりと事情を聞かせてもらうぞ。ところで、どうやって別の時間に行くんだ? 長門は確か時間移動できないんじゃないのか? 『朝比奈みくるのTPDDを強制起動して使用する。今あなたを危険性のない空間に移動させるにはそれしかない。 同一時間平面上では彼らはすぐに追いかけてくる』 ――ええっ!? ちょちょちょっと待ってくださぁいぃ!―― 朝比奈さんもパニックになっているぞ。やっぱりもうちょっと落ち着いてだな…… 『来た』 「え――」 長門の言葉に反応して、俺は辺りを見回して――腰を抜かした。いつの間二やら、俺の周りを大勢の人間が囲んでいた。 男女年齢性別に関わらず、一応に無表情な顔つきで俺を睨みつけている。明らかに敵意を感じるぞ。 『彼らにあなたを渡すわけにはいかない。彼らはあなたの外見と記憶だけが必要。一度捕まれば、あなたの自我意識は 修復不可能なレベルまで分解される。そうなれば、どれだけ情報操作を行っても元には戻せない』 「うわっわわわっ!」 俺は長門の言葉も耳に入らず、腰を抜かして辺りを逃げ回った。だが、不思議なことにそいつらは立ち止まったまま、 一向に俺の方に近づいて来ようとしない。 ――ほどなくして、まるでラジオの奥底からかすかに聞こえるような小さな物音が耳に届き始める。 じわりじわりとその音量が大きくなっていき、次第に耐えられないほどの騒音とかしてきた。 俺は必死に耳を閉じてそれをシャットダウンしようとするが、直接脳が認識しているせいか全く効果がない。 その騒音は最初はただの意味をなさない雑音だと思っていた。だが、たまに人間の言葉らしきものが混じっていることに 気が付く。それはさっきあの中年女が言っていたのと全く同じようなものだった。 罵倒の応酬。今俺の頭にそんなものがぶつけられている。このままだと長持ちしねえぞ。 『彼らが互いを牽制している。今の内に、あなたを移動させる。早く行きたい場所を思い浮かべて』 ええい、また説明もなく急転直下の展開か! だが、これ以上耳元で騒がれたら本当におかしくなる! やむ得ず、喧噪の中、俺はどこに行きたいか考え始める。色々頭に浮かぶが雑音が邪魔してまとまらねえ。 行きたい場所――会いたい人。長門は完全ではないが、会った。朝比奈さんはさっきようやく声が聞けた。 なら、まだたった一人声を聞けていない人物…… ……その時、俺はハルヒに会いたいと思った。 ◇◇◇◇ 俺はいつの間にか閉じられていた目を開く。 重力を失ったように、俺は暗闇の中を漂っていた。いや、薄暗いものの周りには何かが見える―― 『ちょっとキョン。のどが乾いたからみんなにジュースを買ってきなさい。あ、当然あんたのおごりでね』 『何で俺が』 耳に入ってきた会話。エコーがかかったようにぼやけたものだったが、はっきりと聞き覚えのあるものだった。 俺は目をこすって辺りを確認する。薄暗く霞がかかったみたいに視界が悪い。それに光が屈折しているかのようにゆがんでいる。 何とかそんな視界にようやく慣れてきたころ、俺は今目の前で何が起ころうとしているのか悟った。 待て! そっちに行くな! 必死に叫ぶが、声が出ない。 視線の先には脳天気に自動販売機を目指して歩いている奴がいる。どっからどうみても俺だ。あの日――俺が事故にあった日。 今俺はその時間にいるんだ。だが、どうしてこんな中途半端な状態なんだ? 必死に泳ぐように俺の後を追おうとするが、蹴るものが何もない状態では進みようがない。周りには俺の姿が見えていないのか、 誰一人こっちを気にかける人もいない。 止めなきゃならん。俺が事故に遭うのを阻止できれば、その先に起こる悲劇は全部起きなくなるんだ。 今ここにいる俺が消えるかも知れない? 知ったことか! 目の前で起こることの結末を知っていながら見過ごすほど 落ちぶれちゃいねえ! すぐに身体中を手で探り、何か使えるものがないか探す。しかし、使えそうなものは何もなかった。 このままではあと数十秒で俺が盛大にはねられるというのに、何もできずにただ見ているだけなんてまっぴらゴメンだ。 俺はふと思い出す。靴を脱ぎかけの状態にし、目の前を歩くの俺の反対方向へ蹴り飛ばした。すると思った通りに 反作用が発生して、ゆっくりと俺の身体が流れるように動き出す。よしいいぞ。このまま俺の背中を捕まえてやる。 ゆっくりと移動し、俺の背中に迫る。幸いまだ信号待ちの状態だ。このまま手を伸ばせば―― 『邪魔をするな』 衝撃を伴った大勢の声が辺りに響く。俺は一瞬身構えて、辺りを見回した。 誰もいない――いや違う! 俺の方を見つめている人たちがいる。歩道を歩いている老人、公園のベンチに座っている青年、 自動車に乗るOL、自転車に乗ったまま立ち止まっている女子学生……周りを歩く一般人たちの中にポツンポツンと 俺の存在に気が付いているように見ている人がいる。 ――瞬間、俺は気が付いた。目の前にいた俺の背中が横断歩道を歩き始めていることに。 待て! 進むな! それ以上進むと…… そして、はっきりと目撃した。目の前で俺がトラックに轢かれる瞬間をだ。確かに一瞬俺の身体はバラバラになっていた。 しかし、すぐにビデオの逆再生のように復元される。振り返れば、ハルヒが手を伸ばしてこっちに走ってきていた。 やはり、ハルヒが俺の傷を癒していたのか? トラックはすぐにバランスを崩して、近くの電柱に突っ込んだ。激しい衝突音が耳を貫き、ほどなくしてクラクションの音が 虚しく鳴り続けるようになる。 『キョン! キョン!』 ハルヒがすぐに路上に倒れたままぴくりとも動かない俺のそばに駆け寄った。続いて、朝比奈さん、長門、古泉も真っ青な顔で 俺の様子をうかがう。 古泉は思い出したように携帯電話を取り出すと何やら話し始めた。おそらく救急車を呼んでいるんだろう。 朝比奈さんは泣きじゃくりながら俺への呼びかけを続けている。一方の長門は、俺の身体に何も異変がないことを察知したのだろう 少し安心したような――表情には出していないがそんな雰囲気を見せながら、辺りの様子をうかがっていた。 そこで思い出す。さっき俺を見ていた連中を再度見回すと、今度は倒れている俺辺りを全員で見つめていた。 こいつらはいったい何なんだ? 一方の長門も全身のオーラを一変させて、強い警戒感をあらわにしている。 と、そこで見つめたまま動かなかった自転車に乗った女子学生が無表情から心配そうな表情に変化させて、 俺のそばに寄ってきた。どうやら身を案じているようだったが、それをすぐに長門が遮る。 『近寄らないで。重傷のおそれがある。専門知識を持った人以外は触れない方がいい』 その言葉に、女子学生は納得したような表情を浮かべたが、そいつが軽く舌打ちしたのを俺は見逃さなかった。 長門の言葉を聞いたのか、古泉がハルヒと朝比奈さんを俺から引き離し始める。二人は完全に腰を抜かしてしまっているようで、 もう何も言えずに路上に座り込んでいた。 ほどなくして、救急車がたどり着き、救急隊員が俺の様態を調べ始める。一方の長門は、やはり殺気の連中が気になるのか、 俺から少し離れてその周りをグルグル回っていた。 ――だが、長門の死角になったあたりで、あろうことか救急隊員の一人が妙な行動を取った。俺の額に手を当てて 何かをしている。明らかに医療行為とは違う。なぜなら、そいつの顔が狂気に染まった笑みを浮かべているからだ。 だが、長門は周りに警戒心を見せているために、それには気が付いていなかった。 やがて、担架に乗せられた俺は救急車に運び込まれ、ハルヒたちも乗り込んだ。そのまま、病院に向けて走り出す。 野次馬がそのまま残って見ている中、俺たちを見ていた連中はまるで何も起きなかったように、その場を去っていった。 ちくしょう……せっかく大チャンスだったってのに、何もできずに終わるなんて……! 後悔と自分の無力さを嘆くが、どうにもならない。これからどうする? まだ別の場所に移動できるのか? このまま浮遊したままなんてゴメンだ。 俺はまた願い始める…… ◇◇◇◇ 「ぐはっ!」 強烈な落下感とともに、俺の背中に強烈な刺激が展開した。一瞬呼吸が止まり、全身に震えが走る。 俺はしばらくそれにもだえていたが、ほどなく寝ころんだまま手で周りを探り始めた。どうやら仰向けに倒れているらしい。 手のひらに床のような冷たい感触が感じられる。とりあえず、海の上とか水中とか火の中とか、地獄巡りな場所ではなさそうだ。 ゆっくりと目を開けると、見覚えのある天井と蛍光灯が目に入った。いや、見覚えがあるどころか懐かしいと表現した方がいい。 続いて身体を起こして、辺りを見回す。部屋の中央に置かれたテーブル、古めかしい黒板、脇には朝比奈さんのコスプレ衣装、 ノートパソコンの山…… 次に目に入ったものに、俺は目を疑った。『部室』にある窓、そしてその前に置かれている『団長席』とパソコン。 そして、そこに座って唖然とした表情を浮かべるSOS団団長の涼宮ハルヒの姿…… 「キョン!?」 ハルヒは俺の姿を見るや否や、椅子をけっ飛ばして俺の元に駆け寄る。ハルヒ? ハルヒなのか? 本当に? 「ちょっとどうしたのよ……っていうか、あんた病院で眠っているんじゃなかったの!? でも何よ、その軍隊みたいな格好は!」 「い、いや、ちょっと待て! 俺も何が何だかわからなくて混乱――」 この時、俺の目がハルヒの視線に捕まった。まあ、眼力パワーはもの凄いハルヒなわけだから、ここで頬を赤らめて 視線を外したりはしないし、そもそもそんなことは期待していないんだが。代わりに俺の胃の辺りから 今までに感じたことの無いような感覚囲み上がってくる。 我慢しておくべきか? いや、周りには誰もいないしな、そんな必要はないだろ。 だが、俺にだってプライドがあるんだ。相手はあのハルヒだぞ? いいのか? 自分の気持ちに素直になったって良いじゃないか。こんな時ぐらいは。 えーと、何で俺は問答をしているんだ? いいじゃねえか。ここでやらなかったら、次にいつ逢えるか―― いつ逢えるかわからないんだ! 「ハルヒっ!」 俺はハルヒに抱きついた。強く強く抱きしめる。 唐突な行動に、ハルヒは当然ながら、 「ちょ、ちょっと何すんのよキョン! 放しなさいってば!」 「……すまん! 少しだけ! 少しだけこのままでいさせてくれ……!」 懇願する俺にハルヒは観念したのか、代わりに俺の背中をなで始め、 「まあ……いいわ。何があったのか知らないけど、団員が辛いときは団長がそれを受け止めてあげなきゃね」 「すまねえ……すまねえ……」 俺は謝罪の言葉を続けながら、ハルヒを抱きしめ続ける。離したくなかった。ずっとこのままつなぎ止めておきたかった。 でなければ、次いつ逢えるかわからないから。 「ちょっと休みなさい。あんた、すごく疲れているみたいだからね。ふふっ、大丈夫よ。ずっとそばにいて上げるから……」 ハルヒの言うとおり、俺には相当な疲労がたまっていたのだろう。ほどなくして俺は深い眠りに落ちていった。 ◇◇◇◇ どのくらい眠っただろうか。俺は自分が長時間眠っていたことを自覚したとたん、がばっと起き上がる。 そして、辺りをきょろきょろ見回し、状況確認に努める。 辺りはすっかり暗くなり、月明かりだけがSOS団部室を照らしていた。そして、その中をハルヒは団長席に 突っ伏するようにすーすーと寝息を立てて眠っている。俺のためにずっと残っていてくれたのか? 俺はとりあえずハルヒを起こさないように、状況確認を再開した。まず今の日付だ。カレンダーをのぞくと、 どうやら俺が事故に遭ってからちょうど14日目になる。ん、そういや、古泉から聞いた説明だと、 俺が昏睡状態になってから一週間後、ハルヒはSOS団の部室に閉じこもったと言っていた。ならハルヒはもうここにこもって 一週間が経過していると言うことになるが……。 ちょっと待て。そして、ハルヒが閉じこもってから一週間後に確か全世界で神人が大量発生したはずじゃなかったか? そうなるともうすぐそれが起きるということになる。 俺は時計を見た。時刻は22時過ぎ。残念ながら神人発生の詳しい時刻までは聞いていなかったが、俺が昏睡状態になってから 2週間後に大惨事が発生したことは確実だ。そうなると、近々それが発生すると言うことになる。 すぐにハルヒを起こそうとして、窓際に経って気が付く。外に誰かがいる。それも校庭、向かい側の校舎の廊下、屋上と ありとあらゆる場所に人がいて、そこから不気味な視線を向けられている。なんだったんだ。 とにかくハルヒを起こさなくてはならない。俺は軽くハルヒの背中を揺さぶる。 「……んあ?」 間の抜けた声を上げるが、目の前に俺の顔があることがわかるとすぐに口に付いたよだれを拭いて、 「ちょっと! なに人の寝顔を見てんのよっ!」 「しっ! 静かにしろって!」 俺は怒鳴り始めたハルヒの口を押さえる。しばらく抗議の声を上げて口をもぐもぐさせていたが、 窓の外を指さして外にいる連中の存在を知らせると、すぐに頷いて黙った。 ハルヒが大人しくなったことを確認すると、俺は手をどけて、 「外にいる連中にも憶えがあるか?」 そう俺たちを監視するように見ている連中を指さす。ハルヒはかなり不安そうな表情を浮かべて、 「……あんたが事故に遭ってから何度か見かけているわ。最初はあたしを遠くから眺めている程度だったけど、 一週間前ぐらいになるとエスカレートしてきて、自宅の部屋まで現れたわ。その時は叫んだらすぐに消えたけど、 それ以降ずっとあたしの周りをまとわりついてくるの。それも一人じゃない。すごく大勢」 「今、外にいる連中はそいつらってことか」 ハルヒは恐る恐る外を見て、 「うん。あいつらどういうわけか部室の中には入ってこないの。だから、あたし一週間前からずっと閉じこもったっきり」 「長門や朝比奈さんも部室に入れていないのか?」 「あいつら、みんなの後ろにくっついて入ってこようとしたのよ」 ぞっとする話だ。自宅の寝室まで上がり込んでくるなんてただの犯罪者のように見えるが、騒いだら消える? まるで幽霊じゃないか。大体、何で教師たちは気が付いていない? ハルヒはふるふると首を振って、 「わかんない。何度も学校側や警察に訴えたわ。でも、あたしには見えるのに写真やカメラには全く写らないの。 みくるちゃんたちも気が付いていないみたい。そのせいで、幻覚を見ているんだろうと相手にしてくれなくて」 そこでハルヒははっと気が付いたらしく、 「キョン! あんたにはあいつらが見えるの!?」 「ああ……不愉快だがばっちり視線に捉えている」 そう言いながら、外を一瞥する。はっきりとはわからないが、あの棒立ちのような姿を見る限り、俺の事故現場にいたやつらと 同質の連中だろう。あの時は俺を見ているのかと思ったが、本当はハルヒを見ていたのか。だが目的は? ふと、もう一つの事実に気が付く。少し混乱していたせいで記憶は定かではないが、あの棒立ちの様子は 過去にとばされる寸前に俺を囲っていた奴らに雰囲気がそっくりだ? 何モンなんだ一体。 「って、お前一週間もここに閉じこもっているのかよ。その間のメシとかはどうしたんだ?」 「古泉くんが持ってきてくれたわ。ドアの前に置いてもらって、あたしが隙を見て回収してた。トイレもたまにこっそりと出てね。 それでも最近はすぐ扉の前に立っていたりするからうかつに開けられなくて……」 ホラー映画かよ。マジで勘弁してくれ。となると今もドアの外に立っている可能性があるって事だ。 それじゃ、うかつに出れやしねえ。 俺は再度連中の姿を確認するべく、外を眺める。と、急にハルヒが俺の手を握ってきて、 「……キョン。あんたキョンよね? あたしにはわかる。別人じゃない。正真正銘のキョン本人だわ。でも、キョンは病院で 眠っているはずよ。どういう事か説明して」 当然の疑問だな。一週間籠城していたハルヒの前に、病院で寝ているはずの俺が、迷彩服姿で出現したんだ。 おかしいと思わない方がどうかしている。 俺は返答に困ってしまった。どう答えればいいのか、自分でもわからないんだからしょうがない。 あの閉鎖空間の一件、さらに今俺たちを囲んでいるの正体。何一つわかりゃしねえんだから。 「……わりい。俺も自分がどうしてここにいるのかさっぱりなんだ」 「そう……」 ハルヒは俺から目をそらす。思えば、さっきからハルヒらしい傍若無人な姿は全く見せていない。外の連中に よっぽど怖い目に遭わされたのだろう。そう思うと、俺に激しい怒りが立ちこめてくる。 「今俺がはっきりと断言できるのは、ハルヒ、俺はお前の味方だ。例えどんな状況になろうともな」 「…………!」 そんな俺の言葉が予想外のものだったのか、ハルヒは何かこみ上げてくるものがあったらしく顔を紅潮させていた。 が、すぐに顔を振ってそれを振り払うように、 「当然よ当然! 団員は団長のためにきりきり働くの! それが社会や組織の原理ってもんだわ!」 腕を組んでえらそうに言ってくれるよ全く。でも……その方がハルヒらしいけどな。 ◇◇◇◇ 午前1時。0時に何かが起きるのではと緊迫していたが、一向にあの白い化け物が現れる気配はない。ハルヒに異常もない。 退屈そうにネットをやっているぐらいだ。 ――気が付いたときには遅かった。異変はとっくに起こっていたのだ。 俺がようやくそれに気が付いたのは、外の連中の様子をうかがった時だ。 「…………?」 見れば、いつの間にやら取り囲んでいた連中の姿が無い。さっきまでが嘘のように無人になっている。 「――きゃあ!」 次に起こったのはハルヒの悲鳴だ。俺があわてて駆け寄ると、パソコンの液晶ディスプレイの画面が渦を巻くように ゆがんでいる。ただの故障かと思ったが、そんなものではないことがすぐにわかった。何せ、ディスプレイが盛り上がり、 そこから何かが出てこようとし始めたからだ。 俺はすぐにディスプレイの電源を引っこ抜くが、一向に電源が落ちない。次第に盛り上がってくるディスプレイが 人の顔のようになってきていることに気が付いた。まさか、パソコンのネット回線を介して侵入してきやがったのか!? すぐにそのディスプレイを壁に叩きつけて破壊する。ぱちぱちとスパークする音がなり、ディスプレイの電源が落ちた。 盛りだしていた人の形をした物体も消えていく。 「今までネットをやっていて大丈夫だったのか!?」 「き、昨日までは何にも起きてなかった……ひっ!」 ハルヒの短い悲鳴。今度はなんだと思えば、ホラー映画のワンシーンのように部室の扉がゆっくりと開き始めている。 バカな。ちゃんと鍵はかけておいたはずだぞ。 しかし、そんな俺の抗議も無視して扉は完全に開いてしまった。そこには黒いセーラー服を纏った少女が一人立っている。 やはり見たことのない奴だ。 俺は何か武器になるものはないかと辺りを回し、掃除用具入れからモップを取り出して構えた。 「来るな! 今すぐ出て行け! 怪我してもしらねえぞ!」 そうモップを振り回して威嚇してみるが、完全にそれを無視してその少女は部屋の中に入ってきた。 さらにその後に続くように大勢の人――子供から老人まで様々――が部室内に入ってくる。 多勢に無勢。俺は戦っても相手にならないと思い、ハルヒの手を引いて窓際まで下がる。仕方がない。ここは二階だが、 飛び降りれないこともない。一か八か飛び降りるしか…… しかし、その考えはすぐに打ち砕かれた。バタバタ!と窓が揺さぶられ何事だと振り返ってみて、 ――腰を抜かした。そこには獲物をほしがっている肉食動物のように、人間の顔が大量に窓に押しつけられている。 ぎしぎしと力を込めて今にも窓が破壊されそうだ。一方で出入り口の扉からは次々と連中が流れ込んで来ている。 囲まれちまったぞ。 「何の用だ! とっとと出て行きやがれ!」 俺はモップを振り回して奴らを追い払おうとするが、全く連中は動じない。それどころか、一人の少年があっさりと それを取り上げて部室の脇に投げ捨ててしまった。 じりじりと狭まる包囲網。窓の外は奴らで埋め尽くされ、入り口も溢れかえっている。逃げ場がないのだ。 が、奴らの動きが止まった。窓のきしむ音も聞こえなくなる。今度は何だ―― ――突如上がる悲鳴。言葉に表現できないような絶望的な声を上げ始めたのはハルヒだ。頭を抱えて床を転がり周り 痛みにもだえるかのように泣き声を上げる。 「ハルヒ! どうしたハルヒ! しっかりしろ!」 俺は必死にハルヒを抱きかかえ、落ち着かせようとするが、ハルヒは目もうつろに口からよだれを流して悲鳴を上げ続ける。 このままじゃハルヒがおかしくなっちまう。誰か! 頼む! 誰か助けてくれ! 俺の叫びが通じたのかはわからない。突然、部室の壁が吹っ飛んだ。衝撃にしばらく耐えていたが、 やがてそれが収まったことを感じ取ると、目を開く。 そこには北高のセーラー服を着た長門の姿があった。すぐ横にはおびえる朝比奈さんの姿もある。 「遅くなった」 「だ、だいじょうぶですかぁ!?」 二人の声。だが、久しぶりの再会に感動している場合ではない。ハルヒはもう声すら上げられない状態になっているんだ。 「長門! 朝比奈さん! 頼む――ハルヒを助けてくれ! お願いだ!」 俺の言葉に反応するように、長門が手を振った。するとなんということか。連中の姿が全て消失する。助かった! 全く長門さまさまだ。 が。 「遅かった」 長門の言葉は絶望に満ちていたように感じる。なんだ? 長門が奴らを消し去ってくれたんじゃなかったのか―― 『なぜだ!』 突然起きる脳内ボイス。あの閉鎖空間や事故現場で聞こえたのと同じものだ。もの凄い圧力で俺の全身を揺さぶってくる。 『お前ら邪魔だ!』 『お前こそ邪魔だ!』 『うるさいわね! 無能な連中は消えてよ!』 『なんだとこの野郎!』 『邪魔しないでよ~! お願いだからぁ~』 『くそ野郎!』 『何なのあんたたちは!』 『お願いだ! 一つだけで良い! 頼む!』 『俺以外みんな消えろ!』 洪水のように襲いかかる罵声の嵐。俺は耐えられなくなり床に倒れ込む。だが、そんなことをしている場合ではない。 口を開けたまま完全に意識を失っているハルヒが目の前にいるんだ。助けないと! そこの長門がやってきて、 「すでに涼宮ハルヒの意識の一部分が彼らに浸食された。このままでは全ての意識を奪われる可能性がある」 「何でも良いからハルヒを!」 「わかっている。すぐに自立防御を精神階層に張り巡らせ、これ以上の浸食を防ぐ」 そう言って長門はハルヒの額に手を当ててあの高速呪文を唱え始めた。 その時だった。俺の背中が月明かり以外の何かで照らされていることに気が付く。そして、窓の外にいたのは、 「神……人?」 あの光の巨人。ハルヒのストレスが最高潮になったときに閉鎖空間内で暴れ回る怪物。そいつが閉鎖空間ではないのに 今目の前に生まれ出ようとしている。 「なん……で」 「彼らのストレスが最高潮に達した証。それを解消するべく発生させた」 長門の淡々とした説明に俺は、 「ここは閉鎖空間じゃねえぞ! なんでだ!」 「涼宮ハルヒが閉鎖空間内であれを発生させていた理由は無用な被害を出さないため。だが、涼宮ハルヒの能力を一部奪った彼らは そのような認識を持っていない。自ら以外の有機生命体の死を持ってそれを解消させようとしている」 「ば……!」 冗談ではない。大量殺戮でストレス解消だと! ふざけんな! ハルヒの力をそんなふざけたことに使うんじゃねえ! だが、俺の抗議なんて通じるわけもなく、神人は破壊活動を開始した。俺が知っている神人発生と同じならば 奴らは全世界に発生して暴れているはずだ。 と、長門が急に辺りを見回し始めた。 「これは」 「今度は何だ!?」 「閉鎖空間が発生した。発生させているのは涼宮ハルヒ本人」 「何だと……!?」 最初は何が起きているのかわからなかったが、すぐに理解できた。ハルヒは神人の発生を感じ取り、あわてて閉鎖空間を 発生させて神人を閉じこめようとしているんだ。全ては被害を出さないために。 なんて……奴だよ、ハルヒ。お前はそこまで……! 長門は今度は俺の手を握り、 「あなたはここにいてはいけない。すぐにもとの時間軸へ戻るべき。危険。彼らに利用される」 「目の前でハルヒが苦しみながら戦っているのに、逃げ出せって言うのか!?」 「ここであなたができることは何もない。でも、あなたがいた時間にはできることがある。その時間上のわたしが言っている」 『一時的だが脅威は排除した。もう戻って問題ない』 頭の中に響く長門の声。それは目の前でハルヒの手当をしている長門ではない。閉鎖空間の中で俺の身体を 乗っ取ったときと同じだ。何でここにいる? 『朝比奈みくるのTPDDを再度使用した。ここにも朝比奈みくるがいるので、同じ方法で戻れる』 「だがよ……世界がどうなるかわかっているのに……」 「自分の力を過信しないで」 そう反論してきたのは、ハルヒの手当をしている長門だ。俺の方をじっと見つめている。 「できなくても誰もあなたを責めたりはしない。あなたはあなたができることを確実にするべき」 『そう。そして、元の時間ではあなたを信頼している人たちが待っている』 まさか……古泉たちか!? だが、みんな俺の手で…… 『それは全て欺瞞。全ては彼らがあなたを利用するために手段。全員の無事は確認している』 ……そうか。よかった……よかった……! まだ俺はやり直せる……! 俺はすっとハルヒの両手を握る。 「待っていてくれハルヒ。絶対に迎えに来るからな! 少しだけ――少しだけ辛抱してくれ……!」 続いて、長門と朝比奈さんを交互に見回して、 「長門、朝比奈さん。ハルヒのこと……頼みます!」 「は、はい! がんばります!」 「あなたが来るまで全て対応する。任せて。必ず守ってみせる」 俺はすっと立ち上がり、町を破壊している神人を睨み付ける。何だかしらねえが、これ以上好き放題させねえ。 「長門! 俺を元の時間にもどしてくれ!」 『わかった』 長門の声と同時に、俺の意識が闇へと落ちた…… ~~その5へ~~
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5383.html
第4周期 Dear my sister 卵の殻が向けるようにして真っ赤に染まった世界は崩れてゆき、現れた空の色は灰色だった。ハルナの精神世界が消滅して元の閉鎖空間に戻ってきたのである。 「なぜだ」 なんと目の前に神人がいるではないか。 しかもこちらを覗きこむようにしてじっと見ているではないか。 まさかのまさかとは思うが、狙われているのではないか? 蛇に睨まれた蛙の如く、神人に見られている俺は硬直してしまった。 「なーに固まってるのよ」 「いや、だって目の前に居るんだぞ……」 「そうね、でもまあなんとかなるんじゃない?」 そう言っているハルヒも、神人の意図がつかめないらしく、にらめっこが一分弱ほど続いた。 俺達を見たまま、腕をあげてとある方角を指をさしている。 「向こうに何かあるみたいね、行ってみましょ」 ハルヒは走りたいようだがハルナを起こさないことが優先されたらしく、早歩きで進んでいく。俺は慌る必要もなくその後をついて行った。 「古泉君!」 「お疲れ様です」 神人が指していた方角には、古泉を先頭に機関の御一行が俺達の帰還を待っていた。 ここにいたのが古泉だけだったら「何だお前だったのか」と言っていたが、今は森さん達がいるのでそう言えまい。 「約束を破って申し訳ありません。言われたとおりに待機していたのですが、神人が現れたので万一のことを考えて迅速に行動できるよう閉鎖空間で様子を見ていました」 「心配してくれてありがとう。でも大丈夫、何とか今日のところは解決したわ」 「こちらは何一つ異変はありませんでしたから、うまくいったようですね」 その察しは正しいが、無駄に爽快なスマイルをいちいちこちらに向けるのは控えて頂きたい。 「ひとつ残念なことは、時間が巻き戻されてしまったということでしょうか」 「なんだって!?」 俺がそうリアクションをすると、森さんが加えるように言った。 「涼宮ハルナさんは昨夜11時以降存在していませんでしたから、それに合わせる形になったのでしょう」 「じゃああたし達はハルナが寝た時間に戻されちゃってるってことね。やれやれ」 そう言うとまたハルナの髪をなでた。 また一日をやり直さなきゃならんのか……。 「別にいいじゃない。また寝られるんだし」 ハルヒが眉間にしわを寄せ、口を尖らせて言う。そこまで不快だったのだろうか。 「そう言う考えでいいのか」 「そういうもんよ」 「とは言ったものの、どうやって戻るんだ」 「そうねぇ、普通にここから出てもいいんだけど、それだと家まで帰るの面倒だし」 確かにここから自宅まではかなりの距離がある。時間がかかりそうだ。 「よろしければ我々が家まで送りしますが」 「ありがとう、でも一番手っ取り早いのは……」 古泉の申し出を断ると、俺の顔を覗きこんで言った。 「前と一緒の方法でいい?」 「は?」 と言いますと……あれですか……。ハルヒは眠っているハルナを森さんに預け、準備万端といった面持ちである。 「SleepingBeauty」 「過剰なまでに分かりやすく言わないでくれないか、というか何で知ってるんだ」 「あたしをなめないで頂戴。じゃ、さっさと帰りますか」 そう言うとハルヒは俺の襟首を掴んで引き寄せる。当たり前のことだが顔が近い。 「ちょちょちょちょっと待て心の準備が」 「準備なんか要らないわよ馬鹿」 次の瞬間には、もう俺は言葉を発することが出来なくなっていた。 嗚呼、機関の皆さんの目の前で……。 「ぅはっ!?」 そして気付くと、自室の机に突っ伏して寝ていたわけである。 「ん、戻ったのか……」 目を開けて十数秒後、頬に張り付いていたのはよだれでしわくちゃになった数学のノートであると気付いた。そこから寝起きとは思えない素早さでティッシュペーパーを掴んで染みを拭き取ったが、健闘むなしくそこに書いてあった数式はもはや救いようのない状態となっていた。 ノートの救出を諦め、ティッシュを丸めてゴミ箱に投げた。時計を見ると、午後11時を過ぎたところであった。確かにハルナの寝た時間に戻されているようだ。 今改めて考えても、ハルヒのあれは強引過ぎやしないだろうか。いや、確かに俺の場合も……何を言わせるつもりだ。 嗚呼翌日古泉に何といわれるのだろうか。そしてどのように弁明すれば良いのだろうか。 「なんつうことしてんだよ俺……」 そしてまたあの時のように頭を抱えて一人悶絶していたのである。 「いや、したのは俺じゃないだろ! ハルヒが強引に……ぁぁ」 ダメだ、いくら言い訳したところで何も変わりはしない。思い出したら恥ずかしさ満点だ。 翌朝古泉にどのような措置を取ろうか対策案を考えるのは学校に行ってからでも十分間に合うだろうと考え、もう寝ることにした。 正直なところ、超絶リアルお化け屋敷を探検して心身ともに疲れていたのである。 そして俺はベッドに横たわり、目を閉じた。 「ん?」 ふと目を開けると、見上げた空は暗く、辺りは灰色に包まれている。 「ってまたかよ!」 勢いよく跳ねるように飛び起きると、しばし茫然としていた。 また制服を着ている。これで俺がいる場所は確定した。 「閉鎖空間……」 そう呟いた俺の声が半泣きだったのはなかったことにしてもらいたい、余りにも情けない。 もう一回寝られると言っていたではないかハルヒよ……。 確かに時間は巻き戻されていたわけだが、これじゃあ眠れなさそうだ。 「あ、キョン君が起きましたよ」 「おや、お目覚めになりましたか」 その声のした方向を向くと古泉と朝比奈さんがいた。 「……おはよう」 訂正及び追記、長門もいた。 勿論全員が制服姿である。みんなが閉鎖空間に集合するとは珍しい。 「俺達はどうしてここにいるんだ?」 「涼宮ハルヒに呼ばれたと考えられる」 まあその答えは全くもって予測通りであって。 「何のために1日に2回も連続で……」 「え? キョン君は2回目なんですかぁ?」 そのことを知らない朝比奈さんが見事なリアクションを見せてくれた。 「ええ、いろいろありまして彼と僕は2回目なんですよ」 こっちを見ながら『いろいろ』とか言わないでくれ頼むから。朝比奈さんのその視線からすると、間違いなく古泉のせいで勘違いしている。 「ハルナのことで一悶着ありまして」 誤解を解こうと弁明を始めたその時、青い光が灰色の世界を照らした。 「現れましたね」 学校のグラウンドに神人が姿を現した。下を向き、腕はだらんと下がったまま動かない。 「あれは一体何なんですかぁ……?」 朝比奈さんが不安で泣きそうな顔をしているが、前回同様あいつが何をするということもなければ大丈夫だろう。 「そう言えばハルヒはどこだ?」 「あそこ」 長門が指さした先、ハルヒがいたのはなんと神人の目の前だった。 「あんなところに、大丈夫なのか?」 その距離は20メートルあるかどうかという至近距離である。 さっきは大丈夫だろうと言ったが訂正する。今回の神人がアグレッシブではないとはいえ、あれだけ近いと流石に不安になってきた。神人が一歩でも歩き出せば大変なことになる。 「僕も懸念していましたが、あの状態から全く動いていないので、さほど危険ではないと思います」 「そうは言ってもだな、あれが動き出したら……」 「その時は僕が何とかしますのでご安心を」 長門がはっとした表情を浮かべた。 「どうした」 「情報フレア発生の予兆を感知、直ちに観測を開始する」 「あいつ、これを見せるために呼んだのか?」 ハルヒの周囲がやけに眩しい。 「……………始まる」 まるで長門のそれを合図にするように、神人が光の粒子となって消えていく。その粒子が渦を巻き、竜巻のように高速回転していた。 「これが、フレアなのか?」 「まだ。これから」 竜巻はしばらくすると消えてしまった。 ……。 「来た」 「?」 長門曰くもう始まっているらしいが、さっきまで眩しかった光はすっかり消えている。見た目では何も変わったことはない。 とてもフレア(爆発)が起こっているとは思えない静けさである。 「本当にフレアが起こってるのか?」 「情報は物質ではない。視覚化させなければ目視出来ない。でも、涼宮ハルヒを中心として膨大な情報が生み出されているのは間違いない」 今、グラウンドに立っているハルヒからとてつもない勢いで情報が生み出されている(らしい)のだ。 その情報量がどれくらいかは分からない。バイト数で表すとそれに必要な接頭文字はテラ(10^12)やペタ(10^15)では足りないだろう。もしかしたらヨタ(10^24)でもゼロがたくさん並んでしまうような量かもしれない。 長門のパトロンが待ち望んでいたような規模の現象なのだから、世界トップクラスのスーパーコンピュータでも処理出来ないような代物に違いない。 「今視覚化する。待ってて」 突然、目の前にガラス片のような物体が現れた。それらの量といったら、前方にいるハルヒの姿が全く見えないほどだ。しかもそれらが高速でこちらに飛んできているではないか! 「うわっ」 「ひゃぁっ」 「うおっ」 長門以外の3人はそれらから身を守ろうと重い思いの手段を講じていた。しかし破片はそのまま身体をすりぬけていった。 「これが、情報?」 「その人が最もイメージしやすい形になる。だから見え方は人によって異なるかもしれない」 俺には七色に輝くガラス片に見える。物質ではないのでぶつかることはないにしても真っすぐ飛んでくるのはやはり怖い。 その情報のかけらたちは四方六方に飛び散った後、はるか上空へと真っすぐに飛んでいき闇の中に消えていく。 どのくらい続いただろうか、次第にガラス片のような情報のかけらの数は減っていき、情報爆発とやらは終わった。 「観測終了」 長門がそう呟く。俺達は、目の前で起こった「すごいもの」が脳に焼き付き、言葉が出なかった。 どこか宙ぶらりんになっていた意識を戻したのは、ハルヒがこちらへ走ってくる足音だった。 ハルヒは息切れしていた。何もそこまでして走らなくても。 「どうだった? すっごいでしょ」 ああ、確かに超大規模な超常現象だったよ。 俺がそう答えると、ハルヒは高らかに言った。 「えー、この度は団長主催の第一回情報フレア観測会にご参加いただき誠にありがとうございましたー!」 主催って、やっぱりお前が呼んだのか。 「何よ、わざわざ招待したんだから有り難く思いなさい」 そう言って膨れっ面をするので、「はいはいありがとうな」と言って頭を撫でたら思い切り払い退けられてしまった。俺を一睨みすると視線を長門へ移す。 「有希、どうだった?」 「問題なく観測は完了。統合思念体に送信して分析を行なっている」 「そ、じゃあこれにて解散!」 そう言うと俺の襟首を掴んで引き寄せる。今にも顔と顔がぶつかりそうなほど近くに……、 え? 「なによ、文句ある?」 いや、文句ある無し以前にまたですか。俺だって何をしようとしているのかは分かってるぞ。 「なら尚更よ。この方が手っ取り早いんだからいいじゃない。それとも深夜の暗ーい住宅地をたった一人で帰れるのかしらー?」 こいつ、俺がハルナを連れて戻るのにどんな怖い経験をしたか知ってて言っているだろ。何という悪魔の笑顔。 「じゃ、2回目いきますか」 ……お前、顔赤いぞ。 「う、うっさいわね、あたしだってそれなりの準備はいるのよ」 古泉、期待するような視線は止めろ。長門と朝比奈さんも興味津々な表情をしないでください。 その視線がハルヒにも気になっているのか、しばらくこう着状態が続いた。 「……」 「しないのかよ」 「さっきはあたしがしたんだから、今度はアンタからしなさいよ!」 「無茶言うな」 しかしこの状況、生殺しだ。 「もーじれったいわね! するならする、しないならs……」 うるさいのでその口を俺が塞ぐことになってしまった。あくまでもそうなってしまったんだからな。 「うぐぉっ」 そして今度はベッドから転落して目が覚めたのである。 「さ、3時……」 時計を掴む手は震えていた。 「二度も……あんなことを……」 そして次の瞬間にはいつかの時と同様に頭を抱えて悶絶していた。 お陰で今月最高に眠れぬ夜となったのであった。 翌朝、俺は今シーズン最高の睡眠不足による強烈な眠気と戦いながら、通学路を歩いていたのである。 途上、何やら話しかけてきた谷口のトークを軽く流しながら昇降口に進み、止まることのない欠伸を噛み殺しながら上履きに履き替える。 廊下で待ち構えていた長門に会った。また報告があるらしい。 「貴方に報告すべきことがある」 「昨日のフレアについてか?」 「それはまだ分析中。今回は涼宮ハルナについて」 今度はどうなったのだろう。少し緊張しながら長門の報告を聞く。 「反対派は、涼宮ハルナの記憶修正を条件に賛成に回るとしていたがそれを却下した」 「どうしてだ、せっかく相手が譲歩してきたのにそれを突っぱねるなんて勿体無いぞ」 正直、俺も記憶修正には反対していない。あんな記憶を背負っていくなんて辛いだろうと考えているのである。 しかし長門は首を横に振った。 「記憶がフラッシュバックした場合を想定した結果、取り返しのつかない事態になると判断した」 「二の舞どころじゃ済まなくなるってことか?」 「そう。リセットできない可能性もある」 それを考えていなかった。フラッシュバックして凄惨な記憶が一気になだれ込んだらどんな精神状態に追い込まれるか、想像するまでもない。 「シュミレーション結果を提示したところ、反対していた主要な派閥は折れた」 軽く反省していた俺に飛び込んだその言葉に、一瞬耳を疑った。 「…………なに!? つまりOKってことだな!?」 「そう。こちらの主張が通った」 「よくやった長門!」 「痛い」 歓喜のあまり、肩を掴んで激しく前後に揺さぶっていた。 「あ、すまん」 そうだ、ここは廊下だ。またしても「何してんだこいつ」という視線が四方六方から容赦無く突き刺さる。(心が)痛い。 「いい。また放課後に」 俺には大ダメージを与えた視線という名の矢は長門には効果がないのか、そう言うと背を向けて歩いていく。 「忘れていた」 立ち止まって振り返る。長門が言い忘れるとは珍しい。 「2人の『あれ』は非常に興味深い」 長門から放たれた矢がぐさりと突き刺さる、一番ダメージがでかかったのではないだろうか。既にボロボロだった俺の精神はオーバーキルされていた。 「ちょ、長門……」 「ジョーク」 あはは、冗談がきつ過ぎますよ長門さん……。 (半ば抜け殻の冗談で)教室に入ると、既にハルヒがいた。いつかの時のように外を眺めていて、着席した俺に気付いていないのかわざとなのか、こちらを見ない。 「ハルヒ」 「……なに」 聞いているのか微妙な返事である。 「寝不足か」 「……さあ」 「……」 「……」 会話が成立しない。 諸問題は解決したというのに、結局昨日や一昨日と変わらずセロハンのように薄っぺらな言葉のみを交わすだけであった。 放課後、部室に行くと俺はまたしても遅刻のようで、ハルヒがまたしても仁王立ちしていらっしゃる。 「遅い!!」 すっかりいつものテンションに戻っているらしい。一方の俺はといえば相変わらずである。 「どっかの誰かの所為で夜眠れなくてな、どうも素早い行動がとれないんだ」 「ばっかじゃないの?」 何で顔が赤いんだ、お前がみんなの前でやったんだろうが。お前も眠れなかったのが今朝ぼーっとしていた原因か? 「だっ、誰がそんなお間抜けと一緒なもんですかっ」 「……ツンデレ」 「有希!?」 「迂濶」 長門の二度目の爆弾発言の投下により、俺とハルヒはどこかに矢が刺さった状態になっていた。 「……まぁそれはいいとして、みんな揃ったことだし、第3回緊急会議を始めましょ」 「まず、何か新しい動きがあったらどんどん言ってちょうだい」 ここで、朝比奈さんが手を挙げた。 「今朝、報告がありました」 「ようやく未来人も動き出したのね」 「どうだったんですか?」 「ハルナちゃんの出現による未来への影響は、危惧されていたよりも少ないみたいです」 「そう、よかった。じゃあこれで心配する必要は無いってわけね」 これは一昨日には朝比奈さん(大)から聞いたことなのだが、それは知らないことにしているのだ。 「こちらも涼宮ハルナが提示した条件を呑むことで一致した」 長門のその報告に、ハルヒの顔は一気に眩しく輝いた。 「それホント!? ありがとう有希!」 「じゃあ、これで解決ってことでいいんだな?」 「揉め事が起こらなくてよかった、もうこれで安心ね」 「では緊急会議を開くことはしばらくなさそうですね。おや?」 部室の扉が開いた。そこには、赤いランドセルを背負ったハルナがいた。走ってきたらしい。肩で息をしているし、汗でぐっしょりになっている。 「昨日は、ごめんなさい」 俺達は軽く困惑していた。ハルナが謝る理由は分かっていたが、それは謝る必要があるのだろうか。 「私のせいで大変なことになって……それで……」 「あのなぁハルナ、別に謝……」 俺が言うよりも、ハルヒが立ち上がるのが早かった。そしてまたあの高い音が部室に響いた。 ハルヒがまたしても思い切りハルナの頬を叩いたのである。やり過ぎだ、と言いたかったが、ハルヒの物凄い剣幕に負けてしまった。 「よくもそんなことが言えるわね!!」 マジギレというものだろうか。ハルヒが烈火のごとく怒鳴っている。 俺と古泉は正直怖くてとても手が出ず、長門も硬直していた。 終いにはそのまま蹴飛ばしてしまうのではないかという程の怒りようであった。 朝比奈さんが勇気を振り絞ってハルヒを止めようとしたが、顔のまわりを飛ぶ虫を払うかのようにあっさり振り払われた。 「あたしが世界のためにやってきたと思ってるの!?」 ハルナの肩をしっかりと掴んでいる。もう一回叩かれると思ったのだろう、ハルナは目をぎゅっと閉じていた。 が、ハルヒはハルナを抱き寄せていた。 「ハルナのために決まってるでしょ!!」 「…………ありがとう……」 その週の土曜日、涼宮姉妹を除いた俺達は長門の部屋に集合していた。 長門が時計を見て言った。 「来る」 皆がうなずいた。俺は立ち上がり、準備を始めた。 ハルヒには、ハルナと一緒にここへ来るようにメールを送信してある。メールに書いた時間よりも早く来るのは想定の内である。 待機して5分と経たないうちに扉が開いた。 「キョン、あのメールはどういう……」 玄関で待ち構えていた俺は、二人が入って扉を閉めたタイミングを狙ってそれを構えた。 「え……?」 「ちょ、ちょっとキョン?」 喰らえ。 マンションの一室に火薬が炸裂する音が響いた。 「………………へ?」 身の危険を感じてハルヒの腕にしがみついて目をつぶっていたハルナは、予想外のことにちょっと間の抜けた声を出した。俺はそれに思わず吹き出しそうになった。 手荒い歓迎によって涼宮姉妹は金色のテープまみれになっていた。 大量のテープの束を頭に被ったハルナはその状態のまま目を点にしている。ほぼ同じ状態のハルヒは静電気で髪や服にまとわりつくテープをに不快感を露にしていた。 「うーわ……、ちょっと何よこれ」 バズーカ型クラッカー、2000円也。貴重な一発なんだぞ。 「あのねえ、そういうのを訊いてるんじゃないの。ここでするなんて聞いてなかったわよ」 「サプライズってのは重要だと思うんだがな」 「最初に提案したあたしを差し置いて計画を変更するなんていい度胸してるじゃないの」 パキパキと指を鳴らす音が聞こえる。 「すまん」 その眼光で凍りついた俺は反射的に謝罪の言葉を述べていた。どうか罰は無しの方向でよろしくお願いします。 「姉さん、これは……?」 妹の髪に絡み付いたテープを払いながら姉がネタバラしをした。 「遅れちゃったけど、ハルナの誕生日パーティーよ」 あの日を悲劇があった日ではなく、ハルナの誕生日にしようということが満場一致で決まったのだ。 そしてそのことはハルナには内緒にして各々がパーティの準備をしていたのだが、ここで行うことはハルヒにも内緒にしていたのである。 「涼宮さん、早く早く」 玄関にいる俺達に早く来るようにと、朝倉が催促をしている。 「ってぇ! 何でお前が!」 「あら、悪いかしら?」 「お前を呼んでないしそもそもお前はパーティーのことは知らないはずだろ」 「こういった場は賑やかな方がより盛り上がる」 「あ、長門が誘ったのか?」 「そう。何か問題でも」 「いえ全く」 朝倉も飛び入り参加し、大勢が集まった誕生日パーティーはそれはもうにぎやかなものであった。 ハルナは見事にロウソクの火を一発で消した、さすがである。 さて、ロウソクの火が消えたことだし、ケーキを切って……朝倉、ケーキを切るのにそのナイフを使うな。 「ダメかしら」 駄目だ、ちゃんとした調理用具を、って聞いちゃいない。長門、その横でイチゴの数を数えるのは止めなさい。 「こっちが多い」 後で均等になるように分けてやるから我慢しなさい。おい朝倉、切ったあとにナイフについたクリームを舐めるなよ行儀の悪い。 「いいじゃない。クリームが勿体無いもの」 わざわざ妖艶な笑み浮かべてこっち見んな、調子に乗って舌切っても知らないぞ。 「おやおや、世話好きですねえ」 お前はニヤニヤするのを一刻も早く止めて手伝え古泉。さもなくばお前に回ってくる食い物はないぞ。 「それは恐ろしい」 今上げてる両手に皿をのせてこい。 パーティーが始まると、みんな騒がしく会食していた。 その喧騒の中、ハルヒが飛び級の提案をしたがハルナはそれを拒否した。 「どうして?」 姉の問いかけに、下を向いて答えようとしない。 「怒らないから言いなさい」 その台詞ってかなり矛盾してるよな、と俺が呟いた瞬間、俺の視界は音速で繰り出された拳によって真っ白になった。酷くないかこれ。 「え、あ、大丈夫ですか……?」 「ぁぁ大丈夫、続けて……くれ」 「それで? 理由は何なの?」 「学校で友達ができたから」 なんとも微笑ましい理由であった。 「そこのロリコン、ニヤニヤしない」 なぜこうも冷たい。 「だーかーらー……」 哀れな俺を誰か救ってくれ。 パーティーがお開きとかなると、今回の一連の騒動の最後の仕事が始まろうとしていた。 「座標計算中」 ハルヒとハルナは、平行世界の「俺」に謝罪しに行くのだという。そりゃあ、一度殺そうとしているのだからな。 各勢力の協力の元、二人は別世界への小旅行に向かうのだ。 「準備ができた」 「ありがとう有希」 「確認する。貴方はこれが最初で最後であると言った。これに間違いはない?」 「勿論よ。これ以上迷惑をかける訳にはいかないしね」 「分かった」 二人は私服を着ているので制服に着替えたりしなくていいのか尋ねたが、曰く私服は別世界のハルヒであることの証明とのこと。もっと効果的な手段もあるらしいが禁則事項らしい、どこがどう禁則なのやら。 「向こうにも、アンタとあまり変わらないキョンがいるんだけどね。改めてみるとやっぱり別人かもね」 「そりゃあ全く同じということはないだろうな」 「あっちのキョンの方が勇敢で格好良かったわよ」 な、なんだと? 「半分冗談よ」 半分ってどういうことだよ半分って、俺が劣ってるのに変わりないじゃないかそれじゃあ。 「はぁ……思い出してきちゃった……」 頭に手をのせてしゃがんでしまったハルヒの肩に、ハルナが手を置いた。それに反応してハルヒが顔を上げた。弱々しい笑みを浮かべていた。 「ごめんね」 ハルナが首を横に振った。 「謝らないで」 「ありがと」 ハルナと手を繋いで立ち上がる。と同時に長門が告げる。 「戻るタイミングは貴方達で決められる。でも、長居は禁物」 「分かったわ。じゃ、行ってくるね」 長門が何やら唱えると、二人を光が包んだ。それが二人の影を見えなくするほどに眩しく輝くと消えていった。 二人がいなくなった部屋で、片付けを済ませていた俺達は何をするということもなくくつろいでいた。朝倉はくつろぐどころか、部屋の一角を占領して熟睡していらっしゃる。 「しっかし、俺達がどうなったのか詳しくは教えてはくれなかったな。長門、お前のところにそれに類する情報はあるんだろ?」 「涼宮ハルヒの記憶はごく一部のみ閲覧が可能だった。でも、私には許可が下りていない」 「どうしてだ?」 「理由を尋ねた。統合思念体からの答えは、想像を絶するという短いコメントのみだった」 想像を絶する、か。俺がハルナの精神世界で見せられたのはちょっとした記憶の片鱗に過ぎないから、それ以上なのだろう。 「そういえば、あの時の情報フレアはどうだったんだ?」 「統合思念体が観測出来た情報の多くは、未知の暗号化が施されていた。分かっているのは、同一の情報を複数回送り出していたということだけ」 「何で暗号化なんてしたんだろうな、発信した意味がない気がするが」 「恐らく、」 古泉が割り込むように言った。 「ストレス発散のようなものではないでしょうか。愚痴を紙に書き連ねて破って捨てるのと同じようなものだと思います」 確かにハルヒが経験したものはかなりの負担だろうからな、古泉の主張も一理ある。 「統合思念体は情報の解析を保留している。破棄する可能性もある」 「せっかく受信した情報フレアを調べないで捨てるのか?」 待ちに待った情報フレアを観測出来たというのに、それは勿体無いのではないかと考えるのは素人なのか。 「そう。仮に解読が出来たとしても、それが本当に重要なものであるかは疑問」 「そうか、じゃあ、完全になかったことにしてもいいのか?」 「そうはいかないかと思います。お二方共に記憶はしっかり残っているわけですし、闇も完全に消えたとは言えません。今後どんなことが起こるかは」 「闇の影響は報告されてないです」 再び割り込んできた古泉にそれ以上言わせない勢いで朝比奈さんが割り込んだ。 「ハルナちゃんはしっかりしてますし、大変な事は起こらないと思います」 「済みません朝比奈さん、ですがこれが我々の仕事ですから」 「古泉、お前のところの機関はどうなるんだ?」 「これからも我々の活動方針に変更はありません。しかし貴方に頼る回数が増えるかもしれませんね」 そうか、ハルナの精神世界が発生した場合、入れるのは現段階では俺とハルヒしかいないのか。あの空間は入る人を選ぶんだったよな。 「頼るのはいいが早くハルナに信頼されるよう努力するんだな」 「肝に銘じておきます」 「長門、因みにあの情報フレアの量はどれくらいだったんだ?」 「現段階での情報量をバイト数で表すとおよそ3GcB」 なんだか知らない単位が聞こえたような気がするのだが。 「ぐ、ぐるーち?」 「そう」 「それはどれくらい大きいんだ?」 「分かりやすく表現するならば、SI接頭辞ペタの1024倍の1024倍の1024倍の1024倍の1024倍」 その説明が果たして俺にとって分かりやすいのか分かりにくいのか……。ペタってのがテラの1000倍だったよな、つまり……。 「すまん、逆によくわからない」 「10の30乗」 「ああ、とりあえず馬鹿デカイってことはよくわかった」 「そう」 長門は読書を始め、古泉は持参してきたマグネット将棋で俺と対局している。朝倉は相変わらず寝ている。 朝比奈さんが煎れてくれたお茶を飲む。うん、うまい。 「いつ戻ってくるでしょうか」 急須を見つめながらそう呟いた。 「何か都合があるんですか?」 「いえ、お茶が一番おいしくなるタイミングがあるものですから」 「帰ってきてからでもいいんじゃないですか?」 「丁度のタイミングで出せたらかっこいいかなーと思ったんです。ちょっと無理ですかね」 そう言ってこちらに微笑みかける。そのスマイルのおかげでお茶が更においしくなる。 「賭けましょうか。俺は今から30分後だと思います」 「んー、25分後くらいでしょうか」 「では僕は35分に」 「40分」 どうやら全員(寝ている朝倉を除く)がこの賭けに乗ったようだ。 「勝った方はどうします?」 古泉のその言葉に俺は内心焦った。朝比奈さんはわたわたと慌てている。 「え? あ、いや、本当に賭けるんですか?」 「冗談です。あくまでも予想するだけですよ」 まさか古泉のジョークにここまで動揺するとは、不覚である。 もう一口飲む。朝比奈さんの煎れるお茶はたとえ冷めても十分においしい。それでも朝比奈さんにはこだわりがあるのだろう。 ようやくいつものSOS団に戻った。今後、ハルナがどんな騒動を起こしてくれるのか、少し楽しみである。世界を変えない程度にな。 「角は貰った」 「あ、ま、待って下さい」 「待ったは1回だけな」 二人が戻ってきた時に何と言ってやるべきだろう。 シンプルに「おかえり」でいいか。 周期数不明 Brack Jenosider
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5377.html
あの日の午後。あたしは有希と映画を見に行った。 なんてことはないコメディ映画。 どうしても見たかったわけではないが、何かしらの理由をつけて有希と遊びに行きたかった。 もちろん有希は、いつも通りのなんともいえない反応。 そりゃそうよね、コメディ映画のくせに中途半端だったし。 面白ければ、有希は決まってこう言う。 ユニーク、って。 最近は暇さえあれば、有希を引っ張って色々出かけている。 動物園や遊園地、ウィンドウショッピング、今日の映画だってそう。 なんだかデートみたい。 分かってると思うけど、あたしに同性愛の趣味はないわよ? 一緒に行った場所は、本当はあいつに連れて行って欲しかった場所。 もう無理だと分かっていても望んでしまう。 あたしってばしつこい女よね。 でも胸の内くらいならいいじゃない。 もちろん有希をあいつの代わりにしているわけじゃない。 有希は大事な大事な親友。 みくるちゃんや古泉君、鶴屋さんだって大切な友達。 でも、今のあたしがほんとの意味で心を開けるのは、有希だけ。 寡黙で無表情。何を考えてるか分かるようになるまで、随分とかかったわ。 だけどそんな有希と一緒にいるときのあたしは、とても穏やかでいられる。 でもその日の有希は、最初から用事があったらしく、映画を見終わった後に帰ってしまった。 まったく、あたしを残して用事とはいい度胸ね?次はないんだから。 ……さぁて、暇になった時間で何をしよう。 そういえばこの間、新しい小物屋さんが駅前の外れに出来ていた。 とりあえずはそこを見てくることにしよう。 それからのことはその後決めればいい。 でも、それは間違いだった。 結論から言えば、おとなしく家に帰ればよかった。 なぜなら、あたしが一番会いたくない人に出会ってしまった。 そして最低な行動を。 嫉妬って、本当に醜いわよね。 あの日の午後。私は橘さんと一緒に休日を過ごしていた。 「あっ!これこれ!これは佐々木さんに似合いそうですよ」 ぐいぐいと橘さんに手を引かれ、店先まで連行される。 「本当だ。確かに可愛いね。でも私に似合うかな?」 今日は朝からずっとこんな調子。 以前は一緒に行動することが多かった。 でも近頃は休みになると彼と遊びに行くことが多くなった。 今日は彼とは会わない、そう言った途端に連れ出され、今に至る。 「佐々木さんなら何でも似合うのです!」 褒められてるのかどうかよく分からない。 けど、橘さんの感性は彼に近いものがある。もちろん悪い意味で。 「佐々木さん!これもこれも!」 そう言いながら次々に品物を持ってくる。 私が彼ならこう言う、やれやれ。 周辺の店をあらかた回った辺りで、橘さんの携帯が鳴った。 「はい、橘です!」 元気に電話に出た橘さんの顔は、みるみると不機嫌になっていく。 時間にして二、三分といったところかな?通話を切り、肩をガックリと落とした橘さんは、ゆっくりとこちらを向いた。 「……お仕事が入りました」 橘さんの言う仕事は、私に関連したもの。内容は聞いたことがない。 「なんで今?」 「……大人の都合なんて分からないのです」 うわぁ、すごい落ち込みよう。さっきのテンションから比べると、軽くマイナスには到達してると思う。 「せっかく佐々木さんと久しぶりに遊びに来れたのにぃ」 「また来ようよ、ね?なんだったらお仕事終るまで待ってるよ?」 落ち込む橘さんを慰めるように声をかける。 私と遊びに行くのをここまで楽しみにしていてくれたのは、正直悪い気はしない。むしろ嬉しい。 「どれくらいかかるか分かんないんで、今日は解散したほうがいいと思います」 溜息混じりにそう言う。 「でも!また遊びに行きましょう!約束なのです!」 「もちろんだよ」 そう答えてあげると、橘さんは嬉しそうに微笑んだ。 その橘さんの笑顔は相変わらず眩しい。 名残惜しそうな橘さんの背中を見送る。 ぶんぶんとこちらに手を振っている。 周りの視線が少し痛い…… 結局お互いの姿が見えなくなるまで、橘さんは何かしらのアピールをしていた。 今はまだ午後三時。 さて、どうしようかな。彼に連絡を取る? ダメ。彼は今日友達と遊びに行くと言っていた。 彼と一緒にいるのは、私の友達でもある国木田くんと、もう一人は……よく知らない。 今日は家の合鍵を忘れてしまったために、夕方まで家にも帰れない。 ……そうだ、駅の近くに新しく出来たお店に顔を出してみよう。 そして、せっかくだから少し装飾品を見てみよう。 彼の気に入ってくれそうなものがあればいいけど。 とはいえ相手は唐変木。そんなアピールも無駄になることだろう。 お店が私の視界に入ってきた。 可愛らしい小さな店。店構えは上々。 これは少しは期待していいかも。 中に入ると、装飾品というよりは小物が大半を占めていた。 しかしそれがなかなかいい。値段もお手頃。 これはいい発見をした。今度彼も連れてきてみよう。 小さな店だから店内も狭い。私の他にいるお客さんは三名。 カップルと、女の子。 ん?あの子どこかで見たことある。そう思っていると、その子がこちらを見た。 「あっ」 視線があった途端のこのリアクション。間違いなく向こうは私を知っている。 思い出さないと。こちらだけ覚えてないなんて相手に悪い。 あちらはあちらで、少し居心地悪そうな顔をしている。 ダメ。出てこない。喉まで出かかっているのに。彼女には申し訳ないが、名前を聞こう。 「あの、悪いんだけど、どこかで会った事あったけ?」 そう言うと彼女はとても困った顔をしてしまった。どうしよう。 「お、お互いに面識はないわ。でも、知ってるわ」 イマイチ分からない。 「えっと、デジャブ?」 私の言葉に彼女は首を横にふる。 「あたしは涼宮ハルヒ。あなたは……キョンの彼女よね?」 恐る恐る聞いてくる彼女。 どおりで知っているはずだった。名前を聞いてすぐに思い出した。 もうひとりの力を持つ少女。 世界を自分の思いのままに出来る、私よりも強力な力を持ち、彼が所属するSOS団なる部活の部長。 あれ?団長だったけ?この際どっちでもいいや。 それにしても何故私のことを知っているのだろう? 「私は佐々木。キョンに聞いたの?」 聞いた話だと彼女は自分自身の力のことを知らない。 それと同時に周囲の出来事も気付いていない。 「え?そ、そう。そんな感じよ」 ぎこちない笑顔を浮かべて返事をしてくる。 「涼宮さんってことは、キョンがお世話になってる部活の人だよね?」 「……そうよ」 もしかしたらこれはチャンスかもしれない。 彼女には興味があった。 同じ力を持った、つまり同じ境遇の人物。 普段は状況も立場も違うから直接は会えない。 以前、涼宮さんに会ってみたいと言ったら、橘さんに酷く怒られたことがあった。 彼女は危険だ、と。 でもどういう人間なのかを知るいい機会。 「涼宮さんはこの後予定は?」 「え?ないわ」 初対面でこんなことを言うの変だけど、お互いの取り巻きがいない今が、唯一の機会。橘さんごめんね? 私はダメもとで言ってみた。 「もしよかったら、そこの喫茶店で少しお茶でもしない?」 「あたしと?」 予想通りの反応。私も逆の立場だったら同じような反応をすると思う。 「無理にとは言わないけど」 「……別に構わないわ」 「よかった、それじゃ行きましょ?」 そう言って店を後にした。 買い物はまた後日。そのうち彼と見て回ることにしよう。 なんであたしはここにいるんだろう。 相手はいわゆる恋敵。 ううん。恋敵どころかすでに勝敗は決している。 あたしの完敗。 恨んでいるというわけではない。 ただ、羨ましい。あの人は私じゃ手に入れることの出来なかったものを手に入れている。 気持ちが揺れる。久しぶりに気持ちが不安定になる。 「私はアイスコーヒーで。涼宮さんは?」 「同じものを貰うわ」 おまけにここはいつも団活で使う喫茶店。複雑な気分にもなるってもんでしょ? 本来ならここはあたしのテリトリー。それでもなぜか居心地が悪い。 とっとと用件を聞いておさらばしましょ。うん、それがいい。 「で、何のようなの?」 少し口調が強かったかも。恋敵だと思ってるのはあたしだけなのに。 「大した事じゃないんだけど、普段部活でのキョンってどんな感じなのかな、って」 あたしにそれを言わせるの?そんなの本人に聞けばいいじゃない!? それともなんかの嫌がらせ?ふざけないで! ……だめ、落ち着かなきゃ。これじゃただの八つ当たりじゃない。 この人は……あたしがあいつのことを好きだったなんて、知らないんだから。 「どんなって、いつも通りじゃない?」 目線を外してぶっきらぼうに答える。 どうしてこういう態度をとってしまうんだろう。 「そうなんだ。キョンが部活が楽しいって言ってたから、少し気になってたんだ」 あっそ。それは良かったわね。 「それにしてもあたしとは初対面でしょ?よくお茶なんかに誘えるわね?」 「だってキョンが入ってる部活の部長さんでしょ?悪い人だとは思えないから」 部長じゃなくて団長よ!……あたしはこの人とは合わない。イライラする。 それ以前に、あたしの前であいつの話をしないでよ! 佐々木さんは確かに可愛い。 あたしと違っておしとやかに見えるし、なにより私があいつと過ごした一年間より、ずっとずっと長い時間を過ごしている。 ねえ有希?あたしはどうすればいいの? このままこの人のノロケ話に付き合ってあげたほうがいいの? でも無理よ、そんなのピエロじゃない。 じゃあ言ってやればいいのかな?あたしの方があいつを、キョンを好きだって。 そんなことを言えばきっと……今あるキョンとの関係も崩れる。 ただでさえギリギリのバランスの上に成り立っている。次に傾くことがあれば、それは修復不可能になってしまう。 そもそも、あたしがキョンにちょっかい出してたのは、迷惑をかけたいからじゃない。 あたしを見ていて欲しいから。それだけ。 「涼宮さんは学校楽しい?」 「……あんまり」 ここ最近はずっとそう。あいつに告白してからというもの、全てがぎこちなくなってしまった。 そういえばなんかの本で読んだっけ。 友情を超えてしまった愛情は、友情に戻すのは簡単ではない。 完全にそんな感じ。もちろん表面ではいつも通り。 そうしないと有希が心配する。 「……佐々木さんはキョンのどこが好きなの?」 あたしはなにを聞いてるんだろう。相手からノロケ発言を言わせるようなことを言って。 ほんと、馬鹿みたい。 「えっと、その、私にもよく分からないの。でもあえて言うなら、一緒にいた時間が長かったぶん、離れてみたら急に気付いた」 何よそれ。そんなこと言われたら何も言い返せないじゃない。 「そんなとこかな。ほら、キョンは朴念仁だし、とりわけ容姿がいいわけじゃないでしょ?」 「それには同意だわ」 実際そうよね。変に達観したようなそぶりを見せて、でも抜けてて、優柔不断で、……あたしはそんなやつのどこが良かったんだろ? 「やっぱり他の人にもそう思われてたんだ。ほんと、変わんないだから」 「中学の時もあんな感じだったの?」 気付けばあたしはこの人の話に付き合っていた。 話を聞けば、中学時代のキョンも今と全く変わらない。あいつは体格以外で成長しているところないんじゃないの? 「……佐々木さんは、ほんとにあいつのことが好きなのね」 そう言われた佐々木さんは、顔を赤くして頷く。 だって、あいつの事を話している時の表情が嬉々としているもの。 かなわないなぁ。 有希、どうやらあたしの完敗で間違いないみたい。 でも、次に佐々木さんが言った言葉で一瞬にして空気が変わった。 あたしが変えてしまった。 佐々木さんはにこやかに言った。 その言葉には、嫌味も嘲笑もない。純粋な興味の言葉。 「涼宮さんは彼氏とか好きな人はいるの?」 あたしは次の瞬間、手に持った水を佐々木さんに浴びせていた。 佐々木さんは突然のことに呆けていた。 あたしも自分の行動にビックリよ。 でも、体が反応した。今思えば、あたしは少し泣いていたかも。 このときほど感情的になったことは、ここしばらくないと思う。 想像してみてよ。まるで昼ドラみたいな展開よ? あたしは佐々木さんに謝ることもなく、その場を後にした。 あの喫茶店には行きにくくなるわね。 どう考えてもあたしの行動は悪いことだと思う。 佐々木さんは嫌味な気持ちで言ったわけじゃないのは理解している。 でも、あの言葉をあの人の口から言われたら……我慢が出来なかった。 驚いた。こういうかたちで水をかけられたのは、生まれて初めて。 私の言葉が彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。 正直、怒るようなことを言ったとは思えない。 思えば彼女は、私の話を辛そうに聞いていたようにも見えた。 なぜ? 話の内容の大部分は彼のこと。 なら、答えは一つ。 ……好きだったんだ。彼のことが。 これは迂闊だった。自分の行動、言動を思い返す。 最低だ。本当に最低。人の気持ちも考えずノロケ話をして、挙句の果てのあの質問。 今日話して分かった。 彼女は私と同じ特殊な力を持つとはいえ、一人の普通の女の子。 それを身をもって知った。 喫茶店の店員からハンドタオル借りて、服を拭く。 これ以上ここにいる理由はない。会計を済ませ、店外へ。 外に出て人通りの少ないところを歩いていると、見覚えるのある顔がこちらに走ってくる。 「さ、佐々木さん平気ですか!?」 橘さんだ。ツインテールを振り乱し、息を切らしながら私の手を握る。 「え?平気だよ?」 彼女には全て筒抜けだと分かっていても、つい強がりを言ってしまう。 「平気なわけないじゃないですか!!相手はあの涼宮ハルヒなのですよ!会うんだったらせめて、せめて一言ぐらい言って下さい!」 「ご、ごめんね」 あまりの剣幕に少しひるんでしまう。 「情報が早いね」 なんとなくは見張られていると思っていたけど、こうも迅速に情報が伝わっていると少々不気味でもある。 「佐々木さんのことなら何でも知ってますよ!」 そう言って控えめな胸を張る。……これは人のことは言えないか。 でも、あまりにも堂々とストーキング宣言するのはどうかと思う。 「あっ!服が濡れてますよ!どうしたんですか!?」 濡れた上着を指さして言ってくる。 「す、少し落ち着いて」 興奮した彼女は扱いづらい。 「すぅーーはぁーー。……はい!落ち着きましたよ!それで涼宮ハルヒと何をしてたんですか!?」 変わらぬテンションで言ってきた。 仕方なく、私は洗いざらい話した。 たまたま会って、お茶をして、話をして、怒らせて、水をかけられた。要点を抑えるとこんな感じ? それを聞いて橘さんが言った言葉が、 「ただの逆恨みじゃないですか」 身も蓋もない。 「だってそうじゃないですか。佐々木さんは悪くないのです」 「……そう簡単な問題じゃな」 「そんなことより!」 私の言葉を無理矢理中断させると、彼女は言葉を続けた。 「分かっているのですか?佐々木さんは涼宮ハルヒを敵に回したのですよ?」 「敵って、そんな大げさな」 「大げさじゃないです!相手は佐々木さんが力を付けるまでの間だとしても、紛れもなく神(仮)なのですよ!」 詰め寄るようにそう言ってくる。話は止まらない。 「佐々木さんは涼宮ハルヒを怒らせたんですよ?もしかしたら、もしかしたら佐々木さん、消されちゃうかもしれないのですよ?」 そうだった。もし私のことが邪魔だと彼女が思えば、私はこの世界から消える。まるで最初からいなかったように。 「軽率です!軽率すぎます!」 「ごめん」 「どれだけ心配してると思ってるのですか!」 彼女は私の身を真剣に案じてくれている。とても嬉しい、けど…… 「……私は涼宮さんに酷いことを言っちゃったよ」 そのことが自分に重くのしかかる。 もし自分が同じことを言われたら? 水をかけたかどうかは分からないけど、憤りを感じるのは間違いない。 そしてきっと、好きだった、ではなく、まだ好きなんだと思う。 でも、どうしよう。 私個人としては涼宮さんに謝りたい。 でも、彼女の性格からすると、火に油を注ぐような行為だと思う。 「とにかく!涼宮ハルヒとはなるべく接触しないで下さい!」 橘さんの目尻に涙が浮かんでいる。 そのあと、少し話をして橘さんと別れた。 今夜また電話をすると言っていた。私がこの世界にいるかの確認らしい。 一人になった私は考えた。 涼宮さんは魅力的な女の子だった。 私よりも彼と一緒にいる時間が長い分、浮気をするかもと思ったけど、そこは彼を信用している。 一度彼に相談した方がいいのだろうか。 でもそんなことをすれば、涼宮さんは彼と会うのが辛くなると思う。 我が身可愛さで彼女を傷つけたままなのはいけない。 しかし下手な行動、言動をすれば、私どころか世界も終ってしまう。 けどこのまま謝らないのは悪い。 ただ謝ることさえも自分達の力が邪魔してくる。 橘さん、これが神様の力なの? この力を得ることで当たり前の人間としての行動すら制限される。 彼女に会ってたった一言、ごめんなさい、こう言いたいだけなのに。 結局私は彼に連絡を取らなかった。 当の彼は、遊びに行ったという証拠にと、三人で写った写メールを送ってきた。 そんなことしなくてもちゃんと信じてるのに。 そして予告どおり、日付をまたぐ少し前に橘さんから連絡がきた。 「……こんばんは……佐々木さん、ですよね?」 「そうだよ、橘さんは私に連絡したんじゃないの??」 泣きそうだった声を和ますために、軽く冗談を言う。 「だって、だって……」 そのまま泣いてしまった。 橘さんは私のことを神様だと言ってくるけど、こういう反応を見る限り、友達のそれだと思う。 このあとは泣きじゃくる橘さんをあやし続けておしまい。 おかげでなんだか少しだけ元気が出た。 後回しにしていいと言うわけじゃない。 でもいますぐ涼宮さんに会いに行くのはよくない。 だから少し時間を置いてみよう。 いずれ時が解決してくれる 映画で聞いた台詞。 でも、そんな考え方は絶対間違っている。 解決できるのはあくまで当の本人達。 最後は必ず自分の口から謝罪をしたい。 それしか私には出来ないから。 時間帯は夕方。さっきの出来事を思い出しながら足を進める。 フラフラと着いたところは有希のマンション。 まだ帰ってきているかは分からない。 インターホンを押して有希の部屋に繋げる。 用事があると言っていた。 それでも自然に足がここに向かった。 返事がないインターホンをもう一度押す。 お願い、出て……。 「……」 繋がると、いつも通りの無言が返ってくる。 「……あたしよ、上げてもらっていい?」 自分の声に抑揚がないのが分かる。 ガラス戸が開いた。電子ロックが外れたみたい。 エレベーターのボタンを押していつもの階へ。 エレベーターを降りると有希が目の前に立っていた。 「出迎えなんかいいのに」 有希は無言のままあたしの手を取って、自分の部屋に連れて行ってくれた。 部屋に入ったあたしは、無言で机に突っ伏した。 何も聞かずにお茶を入れてくれる有希。 ……ありがとう。 どれくらいたっただろう。まだ数分かもしれないし、一時間経っているかもしれない。 あたしは突っ伏した体勢のまま有希に話し始めた。 「……さっきね、あいつの、キョンの彼女にあったわ」 有希は何も言ってこない。これはいつも通り。 でもあたしの言葉には必ず耳を傾けてくれている。 「もちろん偶然よ?有希と別れた後に、たまたま店先でね。そしたらお茶しないかって」 一つ一つ話す。いつもの喫茶店で話した内容を順番に。 たまに有希は、そう、と相槌をしてくる。 「あたしね、その話を聞いてて辛かった。でも、段々あの人のこと認めていたのよ」 全部本心。あたしは有希の前ではウソはつかない。まぁ、くだらないのならいくらでも言うけどね。 「この人が相手なら仕方ないかって、でもね、最後の最後に我慢が出来なかった」 どうしよう、涙がこぼれてくる。近頃は涙腺が脆くって困るわ。 「だって、こう言ったのよ!あたしに彼氏いるのって!好きな人はいるのって!あたしがこれだけ我慢して聞いてやってるのに!」 顔を上げ、怒鳴るように言った。全部吐き出したかった。 有希に怒っているわけじゃない。 聞いてくれるのは、言っても許してくれるのは有希しかいないから。 「ふざけんじゃないわよ!どの口で言ってるの!?あたしがどんな気持ちでおとなしく身を引いたと思ってるのよ!」 感情が溢れる。有希も呆れていると思う。 今あたしが言っているのはただの愚痴。それも嫉妬にかられたつまらない愚痴。 涙で前がグチャグチャになる。正面にいるはずの有希は歪んで見える。 ひと通り愚痴を言うと、スイッチが切れたようにテンションが下がった。 「気付いたら水をかけてたわ。もう最低。キョンにあわせる顔もないわ」 言いたいことを言ったあたしは、また机に突っ伏した。 嗚咽をあげて泣いてるわけじゃない。でも今は確かに泣いている。 悲しいから?辛いから?悔しいから? 分からない。泣くことで何かが変わるわけでもない。 でも泣いた。今はそれしか出来ないから。 ふと、後ろから抱きしめられた。 「……」 何も言わずに、力強く抱きしめてくる。 有希は優しいわね。 どれくらい泣いたかしら。たぶんここ何年かで一番泣いたと思う。 みっともなく目元を腫らし、鼻をすする。 「いつも悪いわね」 「いい」 最近は辛いことがあると、いつも有希に愚痴っている。 その度にあたしの傍にずっといてくれる。 ほんとに助かる。 冷めきったお茶を一口で飲み干す。 泣きすぎたせいで水分が体からだいぶ抜けた。 それを見た有希が、すぐに次のお茶を入れてくれる。 飲むたびに入れてくる。 ゴメン有希、さすがにもう飲めないわ。 時間も遅くなってきた。有希にお礼を言って帰ると伝えた。 「そう」 わずかに頷きながら有希がそう言う。 あたしはヨロヨロとその場から立ち上がる。もう体中の力が抜けきっているって感じ。 「また明日」 有希のその言葉に苦笑いで返す。 「えぇ。また明日」 有希の部屋を出る。外はもう暗くなりだしていた。 気持ちがスッとしない。 明日からはいつもの学校。 たぶん……あいつの顔をまともに見ることなんか……出来ない。 もしかしたら、今日のうちに佐々木さんから聞いているかもしれない。 そう考えると、余計に会いたくない。 家に帰り、お風呂に入る。 今日は食欲がない。 夕食を食べずに布団に入る。 目を瞑ると、今日のことが自然に頭によみがえる。 そして、あたしは思った。 とても馬鹿げている。 でもこう思ってしまった。 キョンさえいなければ……こうはならなかったのに、って。 ~To Be Continued~
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/697.html
ストーリー参考:X-FILESシーズン3「ビッグ・ブルー」 ハルヒがX-FILE課を立ち上げてからというもの『FBIに不可思議な 事件専門部署が出来たらしいぞ』みたいな話が全米の各捜査機関に あっという間に広がり、地元の捜査機関では手に負えないような 事件が山ほど転がり込んでくることになった。 中にはどう考えても地元の捜査機関が無能と思えるような事件も あったが、いく分かはハルヒが満足しそうな事件もあった。 そんなこんなで色々と忙しく休暇もろくに取れないほどだった。 で、やっと週末の休暇が取れたのでゆっくりしようとしていた ところにハルヒから電話が。 『もしもし、キョン。明日ジョージア州まで行くわよ!』 「冗談だろ。俺はゆっくり休みたいんだ。」 『事件が発生したのよ!私の勘ではきっと面白いことになるわ!』 とこんな具合で俺の休暇はハルヒによってなくなったのである・・・ 次の日、車でジョージア州まで向かうことになった。 「なんでただの失踪事件にFBIが絡まないといけないんだ?」 「失踪者は森林局の人間で、FBIに捜査権があるのよ。」 「別に管轄のことを聞いてるわけじゃないんだが・・・」 「2週間前にもこれから行く湖で失踪事件が発生しているのよ。」 「まさか連続殺人事件の可能性でもあるのか?」 「連続襲撃事件かもね」 そういうとハルヒは黙って運転を続けた。 ふと外を見ると大きな看板がありそこには”それは空よりも大きい” と書かれた看板が目に入った。 「ハルヒ、何か隠して無いか?」 「何かって?」 「失踪事件なんて珍しくも無いのに、だいたい休みの日に2時間かけて こんな遠くまで出かけてくるなんて、絶対に何かあるだろ?」 とハルヒに話したとき、外に首長竜の絵が描かれている看板が目に入った。 「まさか、あれのためにここまで来たんじゃないよな?」 「さあねぇ・・・どうかしら」 俺の問いにハルヒは薄ら笑いを添えて回答した。 現地に着いた俺たちはまず最近の失踪者に最後に会った生物学者の 所へ行った。 まあ、失踪者とは犬猿の仲だったらしく大した情報も得られなかったが。 聞き込み途中でハルヒが、 「ビッグ・ブルーって本当にいると思う。」 と生物学者に尋ねたことがあった。 すると生物学者は、 「FBIも焼きが回ったのか、不可解な事件を未知の生物の仕業に するとはね。」 と半ば呆れ顔で返答されてしまった。 まあ、普通に考えればそうだよな。 生物学者宅を後にした時、ハルヒが、 「なんで学者って頭が固いのかしら。石ででも出来てるんじゃないの。」 とブツブツ言っていた。 俺はお前の頭の方が固いと思うぞ、ハルヒ。 とりあえず宿泊施設を探すため、湖の近くの店に入った。 店主から場所を教えてもらい、半ば強引に地図を売りつけられた後、 店の奥の方から女性の声がした。 「おっちゃん、スモークチーズは売ってるかい?」 「お客さん、うちじゃスモークチーズは扱って無いんだ。ごめんな。」 「そっかぁ・・・残念にょろん。」 って、この声は鶴屋さんじゃないか! ハルヒと俺は意外な人物を目にしたとき、鶴屋さん方も俺たちに 気がついた。 「あー、ハルにゃんとキョン君じゃないかい。」 「鶴屋さん久しぶりですね。」 俺がそういうと、 「ハルにゃんとキョン君がなんでこんなところに・・・もしかして 新婚旅行だったりしてにょろ♪」 「ち、違うわよ!仕事よ仕事!」 顔を真っ赤にして答えるハルヒ。 鶴屋さん、新婚旅行だったらこんな連続失踪事件の起こるような ところに来たくないですよ・・・でもハルヒだったらありえるな ・・・などと思ったりした。 「仕事?ああ、そういえば2人はFBIに入ったんだよね!なになに、 なにか大事件?」 「そんなたいそうな事件じゃないですよ。連続して失踪者が出てる っていうだけのことです。」 と鶴屋さんに答えると店の店主が、 「ああ、あの失踪事件か。なんでも噂じゃビッグ・ブルーが 関わってるんじゃないかっていう。俺も10歳の頃親父と湖で それらしきものをみたけどね。」 「じゃあ、ビッグ・ブルーって本当にいるのね!」 すかさずハルヒが質問した。 「さあねえ・・・自分の目で確かめてみたらいいさ。」 店主はなんともつれない返事をした。 「めがっさ面白そうな事件にょろね~。そういうの一度見てみたいにょろ。」 「そういえば鶴屋さんは何でこんなところに?」 「私はおやっさんの仕事の関係でアメリカに来たんだけど、 まあスケジュールがキツキツってわけじゃないんで色々観光してたっさ。」 高校時代も活発な人だったが、年月がたっても相変わらず 活発な人だなぁ・・・と思ったりした。 「この辺の宿って1つしかないから、たぶん2人も同じ宿に 泊まる事になるにょろね。ここにいる間になにか事件が あったらお姉さんも呼んでおくれよ!」 「危険じゃなかったら鶴屋さんもお呼びしますよ。」 「頼むねキョン君。ところで・・・2人は宿は1部屋で 泊まるのかなぁ~♪」 「ち、違うわよ!FBIの規則では男女ペアの場合は別室で泊まることになってるの!」 「ふ~ん」 にやにや笑う鶴屋さん、顔を真っ赤にしているハルヒ、 そしてその場にいづらい俺。 ああ、鶴屋さん、悪魔の微笑みはやめてくださいよぅ・・・ その後多少雑談した後鶴屋さんは観光へ、俺たちは宿を取るために別々になった。 次の日俺とハルヒは現場となっている湖に向かった。 途中鶴屋さんとも出会い、一緒にボート乗り場に訪れた。 「見たところ何もないわね。」 「そんなところだろ。昼間から怪獣が出回ってるとも 思えんしな。」 「怪獣かぁ~みたいにょろね。」 と、はたから見たら世間話をしているようにしか見えない 3人組みの後ろから見知った声がした。 「あれ?キョンに涼宮に鶴屋さんじゃん。」 振り向くとそこにはダイビングスーツを着た谷口が立っていた。 「谷口、お前も来てたのか。」 「みんなはなんでここに?」 「私とキョンはFBIとしての捜査、鶴屋さんは観光よ。」 「そういえば2人はFBIに入ったんだっけな。すげえよな。」 「谷口はここへは何しに来たんだ?」 「これからの男はスキューバダイビングの時代よ。ってなわけで こっちに知り合いがいるんで練習しに来たわけさ。」 「ふーん。ま、捜査の邪魔はしないでよね。」 何がこれからの男何だか・・・と言う顔をしながらハルヒは谷口に言った。 「それじゃ、またな!」 そういうと谷口は勢い良く水に飛び込み潜って行った。 しかしまあ、鶴屋さんといい谷口といい、この湖にはSOS団に 関わったやつを引きつける磁石でもあるのかね。 そう思っていると、谷口がいきなり水面に飛び上がってきて、 「wawawawawawawawawawawa・・・・」 と、叫びつつ凄いスピードで背泳ぎし始めた。 「なぁハルヒ、最近のスキューバーダイビングってのはああいうのなのか?」 「知らないわよ。谷口独自でしょ。」 「あはははははは、凄いおかし~。はははははははは。」 俺とハルヒは呆れ顔、鶴屋さんは腹を抱えて笑っている。 と、突然また谷口が水中に潜った。 「一種のパフォーマンスなんかな、ありゃ。」 と俺が言ったとき・・・谷口の潜った辺りの水が赤く染まっていった。 と、同時に谷口が浮き上がってきた・・・が、とっさに俺は、 「鶴屋さん、見ちゃダメだ!」 「はははは・・・、へ?」 「キョン・・・あれって・・・体が・・・」 俺、ハルヒ、鶴屋さんの顔が真っ青になる・・・ そう、浮き上がってきた谷口には首しかなかったのだ・・・ その後、違う場所でも人が襲われるという事件が発生し、 ハルヒと俺はそっちに向かった。 「この湖にはなにか怪獣がいるのよ!だからすぐに湖全体を閉鎖 しなさい!そうしないと益々犠牲者は増えるわ!」 ハルヒは現場保安官に向かって怒鳴りつけた。 「そう簡単には行かないんだよ。人も足りん。それに、怪獣だって? 確かに行方不明者で見つかった遺体などの状態は不自然な点が多いが、 いくらなんでも飛躍しすぎじゃないか?」 そういいつつ、現場保安官は湖に向かって捜索用の碇の着いたロープを 投げ込んだ。 と同時に、いきなり何かに引きこまれるように現場保安官が湖に 飛び込んでいった。 現場保安官を湖から引き上げると、興奮しながら、 「水の中に何か大きなものがいた!」 といい、部下達に、 「湖を閉鎖しろ、今すぐにだ!州警察と環境保安局に連絡をして 非常事態だと伝えるんだ!」 こうして、湖は閉鎖された。 その夜、俺とハルヒは宿泊しているログハウスで他の犠牲者が撮った 写真を見て何か証拠が無いか探しまくった。 だが、俺は谷口を目の前で失った喪失感であまり集中できなかった。 「谷口・・・まさかあんなことになっちまうなんて・・・」 「キョン・・・なんていったらいいか・・・」 「谷口・・・お前の仇はきっと俺がとる!」 「そうね。そうじゃなきゃ谷口が浮かばれないわ。」 「ああ。全力で証拠を、犯人を探そう。」 とは言ったものの現状手に入っているものでは何一つ分からなかった。 だが突然、ハルヒが、 「キョン、この写真を撮っていた犠牲者、怪物じゃなくて『怪物が 目撃された』場所を撮っていたみたい。」 「どういうことだ。」 「これをみて。」 そういうとハルヒはいくつかマークが付いている湖の地図を見せた。 「この写真を元に調べてみると最初は湖の真ん中あたり、でも、 最近では湖の岸辺に近づいているわ。それに陸上にも上がっているみたい。」 さすがハルヒだ、こういうことに関しては勘が鋭い。 「こうなったら直接湖に行ってみるしかないわね。船を借りて行きましょ。」 「船を借りて・・・って誰が操縦するんだ?」 「私よ。」 いつの間に船舶免許まで取ったんだということには突っ込まずに おいておき、俺たちは早速湖へ向かい、ボートに乗った。 「夜釣りなんかしたかったよな。」 「あら、これも釣りじゃない。」 「怪獣を釣るのが釣りかよ。」 「そうよ。」 「まさか本気で言っているとは思えんがな・・・」 「可能性は捨てたくないのよ。”求めよ さらば与えられん”よ。」 と、そのとき、船のレーダーに奇妙なものが映った。 「なんだこれは。」 「大きそうよ。」 「おかしい、普通ではありえない。」 「ビッグ・ブルーかも。」 「やばいぞ、こっちに向かってくる。」 「そう・・・みたいね。」 と、ハルヒが言った直後船全体が何かに追突された衝撃に包まれた。 ハルヒは無線で、 「緊急事態発生!こちらパトリシア号!応答して頂戴!PA7A3A27、 周波数は・・・」 ハルヒが無線で呼びかけている間も激しくぶつかる音がして船が 揺れまくった。 既に船のそこからの浸水もひどく、このままでは沈んでしまう。 「ハルヒ脱出しよう!」 俺とハルヒは急いで救命具をつけると船から脱出した。 その直後、船は湖底へと沈んで行った・・・ 偶然近くに2人が乗れるだけの岩があり、そこにハルヒと一緒に よじ登った。 「あーあ。保証金500ドルがパーだわ。」 ハルヒは苛立ちながら言った。 「岸まで泳いで行けないかしらね。近いと思うんだけど・・・」 「だが方角がわからないぞ。それに真っ暗で何も見えない。」 そう俺が言ったとき、湖から『ごぼごぼっ』っと音が鳴った。 俺とハルヒは咄嗟に拳銃を抜き、音のする方角へ照準を合わせた。 だが、しばらく待っても何も出てこなかった。 俺とハルヒは拳銃を再びホルダーへと戻した。 「あいつよ、ビッグ・ブルーよ。」 「どうだろうな。まあ、どうでもいいが。」 俺は疲れ気味にそう言った。 「大体、お前の目的はなんなんだ、ハルヒ?」 「いい、これは日頃追っている雲をつかむような事件じゃなくて、 ヤツは実在するのよ。しかも目と鼻の先に。それをなんとしても 見つけたいの。」 「そんなもんかねぇ・・・」 「捕まえればそれこそ不思議現象を捕まえたと同然になるのよ! SOS団メンバーなら飛びつくほどでないとダメよ!」 「SOS団・・・か。」 「とりあえず・・・明るくなるまで迂闊に動けないわね。」 俺とハルヒは岩の上に横になって体力を温存することにした。 夜の湖の水面には霧が立ち込め幻想的な雰囲気をかもし出していた。 これがデートだったらどんなにロマンチックだろうね、などと考えていると、 「そういえばSOS団の時は色々とやったわね。」 「ああ・・・今考えればバカ騒ぎっていう気もするけどな。」 「バカ騒ぎとは何よ!あれはちゃんとした不思議を探すための 行動だったでしょ!」 「まあ、主にハルヒが突っ走っていただけだったけどな。」 俺は少し笑いながら言った。 「でもまあ、楽しかったぜ。今もだけどな。」 「当たり前でしょ。あたしがいるんだから。楽しくないわけ 無いじゃない。それに・・・」 「それに?」 ハルヒは少し顔を赤くしながら、小さい声で、 「いつもキョンが着いてきてくれたから・・・今も」 「ハルヒ・・・」 「一緒にFBIにまで入ってくれて・・・嬉しかったわ。」 「前に言っただろ、『俺はお前にいつもついていてやるよ』って。」 それを聞いたハルヒはくすりと笑いながら、 「それ、プロポーズのつもり?」 「この状況でプロポーズするヤツは・・・」 と言った時、背後のほうからジャブジャブと音がした。 俺とハルヒは立ち上がり拳銃の照準をそっちに向けた。 拳銃を向けるとライトの光が俺たちを照らした。 そして聞きなれた声がしたのだった。 「あれぇ~。はるにゃんとキョン君こんなところで何やってるにょろ。」 「え、鶴屋さんですか?」 「そうだよ~。」 「鶴屋さんが無線を聞いて助けに来てくれたの?」 「無線?知らないよそんなの。あたしは岸を散歩してて2人を見つけた だけだし。あ、なんかいい雰囲気だったからお姉さん邪魔しちゃったかな♪」 「そ、そんなこと無いわよ!、ねえキョン。」 「あ、ああ。湖を船で探索中に事故にあってここで救援を待ってたんですよ。」 「ふ~ん。ふ~ん。ふ~ん♪」 「あーもう、鶴屋さんたら、信用してよ。」 「にゃはは。わかったにょろ。そういうことにしておくっさ。」 なんと俺たちは岸のすぐそばで救援を待っていたのだった。 なんてこった・・・朝になって本当に救援が来たら笑い者になってたところだ。 「帰り道案内するよっ。着いてきておくれ。」 こうして鶴屋さんに案内されて岸辺に着いた。 岸辺から森を通って帰る途中、男の悲鳴が聞こえた。 「何、今の?」 「行ってみよう。」 向かってみると以前会った生物学者が足を何者かにかまれて出血していた。 「どうしたんですか?」 「湖に人工繁殖させて育てたカエルを放流しに行く途中何かが 襲ってきたんだ。」 「そいつはどこへ行きましたか。」 「そっちの茂みの方だ・・・」 「ハルヒ、鶴屋さんはここで待ってて下さい。ハルヒ多分今の悲鳴で 他に応援が来るかもしれないから指示を頼む。」 「わかったわ。キョン、気をつけて。」 「ああ。」 そういうと俺は拳銃を構えて茂みの方へ入っていった。 俺はライトを照らしながら茂みを捜索する。 だが、一向に怪しい物体は見つからない。 (今探し出さなくては更に犠牲者が増える・・・なんとしても・・・) そう思いつつ捜索していると、いきなり前方の樹木が倒れだした! 「くっ、こいつか!」 俺は迫ってくる物体に向かって銃の弾をありったけぶちこんだ。 カチッカチッ。やばい、弾がなくなった!やられる! そう思って前方を見ると迫っていた物体は既に息絶えていた。 「キョン!大丈夫!」 「ああハルヒ大丈夫だ。それよりこれを見ろ。」 俺は息絶えた謎の物体にライトを当てた。 それは大型のワニだった。 「鶴屋さんと被害者は?」 「大丈夫。応援が駆けつけてくれて一緒にいるわ。」 「そうか。」 「谷口の仇、取れたわね・・・」 「ああ・・・ビッグ・ブルーじゃなかったけどな・・・」 「それにお手柄ね、キョン。これでもう犠牲者は出ないわ。」 「でも結局怪獣じゃなかったな。」 「大丈夫よ。信じている限りきっとどこかに怪獣はいるわ。 私はそいつを絶対捕まえてみせるわ。さ、戻りましょ。」 「そうだな。」 そういうと俺たちは鶴屋さん達の元へ戻った。 -----その時湖の奥では月の光が大きな物体を映していたのだった・・・ 数日後の朝、FBIのオフィスに鶴屋さんがやってきた。 「おはようキョン君。あれ、ハルにゃんは?」 「ああ、あいつならまだですよ。ところで鶴屋さんは何しにここへ?」 「今日日本へ帰るからさっ、その挨拶にと思って。」 「そうですか。あっちのみんなにあったらよろしく言っておいて下さい。」 「まかせといて!ところで・・・実はキョン君に話して おいた方がいいと思うことがあるんだ。」 「なんですか?」 「古泉君が所属していた『機関』のスポンサーがうちだった っていうのは知っているよね。」 「ええ。以前古泉から聞きました。」 「ところがさ、キョン君たちが高校を卒業した後スポンサーががらりと変わったんだよ。」 「どこにかわったんです?」 「複数のルート経由だけどアメリカ政府がスポンサーに なっているらしいんだ。」 「ほんとうですか、それ。」 「うん。だから昔『機関』を支えていた日本のスポンサー とかはもう『機関』が何やってるか一切わからないみたい。」 「そうですか・・・。」 「まあ、何も無いといいけど一応注意した方がいいよ。」 「わかりました。どうもありがとうございます。」 と、その時ようやくハルヒが出勤してきた。 ハルヒと鶴屋さんはわいわいと話し、10分ぐらいして、 「それじゃ帰るね。お2人さんがんばってにょろ。」 そういうと鶴屋さんはオフィスから姿を消した。 しかし妙だ。なぜ『機関』のスポンサーがいきなり アメリカ政府に? それに長門もアメリカ軍基地で活動していた。 なにかある・・・なにかの歯車が回りだしている・・・ そう感じられずにはいられなかった。 「キョン、どうしたの?深刻な顔して。」 「いや、別にちょとな・・・」 この時、俺達の友人達が今どんな暗躍をしているのかを 知るのはそう遠くないと思った。 <UMA・終> 涼宮ハルヒのX-FILES おまけ3 ハルヒ「死亡フラグ通り谷口は死んじゃったわね。」 キョン「ああ。残念だがな。」 ハルヒ「それより次の話ってクリスマス・イブの話らしいわよ。」 キョン「おまえとじゃろくなイブになりそうもないがな。」 ハルヒ「なんですって~!!」 キョン「まあ、場合によってはそれとばして最終話をもってくるかとか考えているらしいが。」 ハルヒ「でも、少しは甘い話も欲しいわよね。」 キョン「ま、作者次第だな。」 次回 涼宮ハルヒのX-FILES <クリスマス・イブ> 長門 「というドリームを見た。2人していちゃいちゃしやがって。」 みくる「私たちは本当に出番無いみたいですね・・・」 古泉 「それより本当に書けるんですか、作者さん。」 作者 「わかりません。」 次へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/951.html
第 二 章 とにかく時間移動距離を伸ばす必要がある。 たった一ヶ月間の時間移動でハルヒを救えるとは思えない。 俺には協力者が必要だ。朝比奈さんは言った。今までのヒントをよく思い出して、と。 俺はすぐに、命を救い亀を与えたあの少年のことに思い至った。 この時代でタイムトラベルに関する話を切り出せるのは、彼しか思い当たらない。 彼に接触を試み、協力を仰がなければならない。 ハルヒは少年が近所に住んでおり、たまに勉強を教えていると言っていた。 ならばハルヒの母親に聞けばおそらく住所は解る。そしてそれはその通りだった。 少年の家を訪ね、少年の部屋に通された俺は、ストレートに接触を試みることにした。 俺の外見は高校生の頃に比べて多少は背が伸びていたものの、顔つきなどはあまり変わっていない。だが念のために俺は、以前君を交通事故から救った者だと告げた。 少年はすぐに思い出したようで、 「あのときはありがとうございました。当時は僕もまだ子供で、ロクなお礼も言えませんでしたから。あらためてお礼申し上げます」 いかにも聡明そうな態度で深々と頭を下げた。 「礼は別にいいんだ。俺は今日、君にあるお願いをするためにやってきた」 「それはどういったことですか?」 「君にタイムトラベルに関する助言を得たい」 俺の言葉に、少年は少なからず驚いた表情を見せた。今の少年は俺が初めて長門から電波話を聞かされたときのような気分なんだろうな、と推測した。 だが、少年の反応は予想とは異なっていた。 「あなたはなぜ僕が時間移動の研究をしていることをご存知なのですか?」 既に研究に着手しているということか。ならば話は早い。 「もしかして、あなたが亀を川に投げ込んだことや、あの記憶媒体もそれと関係があるのですか?」 記憶媒体の住所はこの家ではなかったはずだ。そう言う前に少年が解答をくれた。 「記憶媒体はご存知ないですか? 僕は友人からそれを譲り受けたのですが、もしやあなたが手配してくれたのかと」 なるほど、巡り巡って結局はこの少年の手に渡っていたわけか。確かに辻褄は合う。 さらに言えば、朝比奈さん曰く時間平面理論の基礎中の基礎だという、ハルヒが書いたわけの解らん論文めいたものも大いに関係があるんだが。 「涼宮さんの論文は僕が時間移動の研究を始めるきっかけになりました。そして今も時間移動に関するインスピレーションを与え続けてくれています。それに亀が投げ込まれたときの波紋のイメージが合わさって、さらに論文の理解度が強化されています。時間の流れと水の流れというものは、次元こそ違えど共通する部分は多いですからね」 そんなものなのか? 「ええ。また、あの記憶媒体ですが、あれは現存するいかなる電子的記憶媒体のフォーマットとも異なっていて、正しいデータの読み出しすら困難です。現在のところ、データのパターン分析をおこなっているところで、それによればかなりの部分のデータが破損しています。しかしながら、これは偶然に発見したのですが、破損していないデータの構成パターンが、実は涼宮さんの論文のデータと一致するんです。おそらく今とは異なるデータの扱い方をすれば、パターンではなく詳細な情報まで全て一致すると考えられます。ところであなたは涼宮さんのこともご存知なんですか?」 俺はそれには答えず、話を続けた。 「それで、俺の助けには応えられそうか?」 「タイムトラベルに関する助言とおっしゃいましたよね。正直なところそれは出来ません。したくないと言うことではなく、物理的に無理だという意味です。現状ではタイムトラベルは理論上可能とされていますが、それをどうやって実現するのか、全く解っていない状態ですから」 現時点では確かにそうだろうな。ならば俺は賭けに出るしかない。 「実は、その論文や記憶媒体よりももっと重要なデータ、それはタイムトラベルの理論の核心と言ってもいい。それを俺は持ってるんだ。それを知りたいとは思わないか?」 その重要なデータとは、言うまでもなく俺の頭の中に存在するSTC理論そのものだ。 これは歴史改変にあたることなのかもしれない。もしかすれば、本来ならもっと後になるS TC理論の発見を前倒しすることになるからだ。 だが、俺は疑問に思っていることもある。 STC理論について、以前朝比奈さんは言語では伝えられない概念だと言った。ではそれを人類はどうやって獲得し普及させたのか。 また朝比奈さんは、未来の人類は今で言うコンピュータネットワークのようなものは使用せず、それは人間の脳内に無形で存在する、とも言った。 つまり、未来の人類は言語を用いずに人間の脳から脳に直接情報を伝達する術を得たということだ。朝比奈さんが時空を越えたテレパシーのようなもので未来と連絡を取り合っていたこととも符合する。 つまり人類はSTC理論よりも先に言語ではないコミュニケーションの手段を完成させたと いうことなのかもしれない。 だが俺はひとつの仮説を立てた。それは人類の中の一人が偶発的にSTC理論とTPDDを手に入れ、それが次第に波及したのが未来の姿ではないのだろうか、と。 そして、その一人というのが実は俺のことなんだと。 もっとも、そんな仮説をあれこれもてあそんでいる暇はない。俺は古泉とは違う。 俺は朝比奈さんの言葉に素直に従うことにした。俺は俺の信じる道を進むしかない。 「あなたがそれほど重要なデータを持っているのであれば、僕の助言など必要ないように思えますが」 「その問いには正直うまく答えられないんだが……俺にはその理論をいまひとつ理解しきれないんだ。君がもしそれを得ればきっと俺以上に理解出来るように思う」 これは全くの本心だ。俺はSTC理論を得た今でさえ、ハルヒの論文を読み返してもさっぱ り理解出来なかったからな。 「なるほど。ではよろしければそれを僕に見せていただけますか?」 「それを伝えるのには条件がある」 少年はやや躊躇したが、その条件を教えてくれと言った。 「俺が持っているデータだが、もしかしたら君にうまく伝わらないかもしれない。その場合はこの話はなかったことにして、今日起こったことはすっかり忘れて欲しい。また、伝えるのに成功した場合もそうだが、今日のことは誰にも話さないで欲しい。それを約束出来るか?」 もしうまく伝えられなかった場合、今回の試みは明らかに失敗に終わる。少年には今日のことは全て忘れて今までどおりの生活を送ってもらわなければならない。 「なるほど。それがそれだけ重要なデータなのだということは理解しました。ですが伝わらないかもしれないとはどういうことでしょうか。そのデータを紙でも電子媒体でもいいのですが、何らかの方法でいただけさえすれば、僕はなんとかそれを読み取る努力をしますが」 少年の疑問はもっともだった。だが、何しろそれを伝達出来るかどうかは、俺にだって解らない。それは言葉で伝えられるものではない。 言葉を用いない概念は、言葉以外のものでしか伝えられないのだ。 「今は残念ながらその疑問には答えられない。だがさっきの約束を守ると言ってくれれば、今すぐにでもそのデータを伝える努力はする。君に伝わるかどうかは、さっき言ったように俺にも保障は出来ないんだが」 少年はしばらく迷う素振りを見せたが、 「解りました。先ほどの条件、お約束します」 どうやら不安よりも学者的好奇心が勝ったようだった。 俺は少年の目を見て、おそらく大丈夫だろうと予想した。 「では、まず今の時刻を覚えてくれ。ああ、腕時計はダメだ。部屋の時計を見てくれ。そうだ。忘れないでくれ」 少年は意味が解らないという表情をしていたが、一応は素直に従ってくれた。 俺は少年の手を取り部屋の隅の方に移動させ、朝比奈さんに連れられて初めて時間移動したときのことを思い出しながら言った。 「肩の力を抜いてリラックスして、そして目を閉じてくれ」 五分後のこの部屋の同じ位置に時空間座標を設定し、時間移動を開始する。 そして体がグラっとする感覚がきた。 五分後の世界には五分後の俺と少年がいて、何やら話し込んでいた。 少年は到着するなり、体全体の力が抜けたようにその場に座り込んだ。 俺は少年が、いきなり別の俺たちが目の前に現れたことに対して驚きのあまり腰を抜かしたのだろうと思った。 が、少年はすぐさま部屋の時計に目をやり、さらに驚愕の表情を顔に浮かべてこう言った。 「こ、こんなことって……これが時間移動……今までの僕の理解なんて、ほんの氷山の一角の、そのさらに欠片のようなものだったなんて……」 どうやら俺とは根本的に頭の出来が違っているらしい。少年は今まさに自分がタイムトラベルをおこなったということをたちどころに理解したようだった。 何はともあれ、目的は無事達成されたようだ。あとは少年次第だ。俺たちは元の時間平面に戻った。 少年は、興奮しつつも、ゆっくりとした口調で語りだした。 「涼宮さんの論文は、時間移動の基礎の理論と言えます。時間はアナログではなくデジタル情報であり、それらのデジタル情報を平面に例えて、積み重なったその平面をY軸方向に移動することで時間移動を可能にする、という理論です。今言ったのは言語化可能なレベルでのモデルを用いた説明であり、時間移動の本質は人間の脳内に存在する時空間の知覚システムを追及しないと解明出来ないと考えられます」 脳内システムはともかくとして、前半の話は今まで俺が散々色んな人から聞かされてきた内容と同じだ。 「今の時間移動をとおして、僕は時間移動の基礎理論を得たとともに、僕の脳内の知覚システムが改変されたのだと思います。おそらくですが、これは言語で概念を説明出来るものではなく、実際に体験を通してでしか得ることが出来ないものだと推測します」 まさにその通りだ。どうやら少年は時間移動の刹那に、ハルヒの論文、つまり時間平面移動理論の基礎を完全に理解したようだった。 「早速で恐縮なんだが、ひとつ教えて欲しいことがある。仮説でもなんでも構わない。俺は時間移動を最大で一ヶ月間しか出来ないんだ。例えば一ヶ月前からさらに一ヶ月遡ろうとしてもダメだった。その理由が解るか?」 俺は正直なところ明確な答えが返ってくることは期待していなかった。 だがそれに対して少年は即答した。 「あなたの脳内における時空間の知覚システムがまだ開発されきっていないことが原因だと考えられます」 知覚システムの開発? それはどういうことだ? 「これは少し実際の概念とは異なるかもしれませんが、イメージで説明すれば、あなたはまだ時間移動に慣れていないのだと思います」 なるほど、そういうことか。では時間移動距離を伸ばすためにはどうすればいい? 「時間移動の回数を重ねることです。要するに訓練ですね。そうすればいずれ時間移動距離は伸び、飛び石的な移動、つまり同一方向への連続的な時間移動も可能になると思います」 時間移動に訓練が必要だとは。実は案外大変なことだったんだな。 朝比奈さん(小)は正直に言って頼りない人だったが、実はそういった訓練を充分に積んだエキスパートだったってことだ。 話しているうちに五分はゆうに過ぎていた。どうやら話し込むあまり、俺たちは五分前から移動してきた俺たちの姿に気づかなかったようだ。 さらに少年は話を続けた。 「この理論をベースに、今後人間の脳の機能、特に知覚機能をさらに発展させる研究が可能になると思います。例えば言語を用いずに意思をコミュニケート出来るような、そういったことが実現するかもしれません」 なるほど。やはり全ては今このとき、この場所から始まったのかもしれない。 「研究には長い時間が掛かると思われます。脳医学の分野からのアプローチもさることながら、おそらくあの記憶媒体のデータを解析することから始めるのが近道のように思われます。あのデータの出所は不明ですので不安はありますが、それでもデータの一部が涼宮さんの論文と一致するという点を考えれば、試してみる価値は大いにあります」 少年はなおも続ける。 「破損していないデータは、涼宮さんの論文と共通する箇所を基に、情報の変換パターンを解析すれば、比較的すぐに読み解けると思います。破損したデータを解析するのは、これは一朝一夕では出来ません。少なくとも破損していないデータを全て読み解き、その内容を完全に理解することによりそれらの中から本来のデータ部分と冗長データ部分を確実に切り分け、データの解読方法を確定させることによって初めて破損部分のデータの伸張・復号が可能になります。さらに、その中で冗長データでは補えない部分を、別の理論で補完する必要性もあります。つまりは復元の糸口を得るためだけにもそれなりの時間がかかり、全てのデータを復元するのにはさらに時間が必要だということです」 後半の用語は全く理解出来なかったが、それは結局のところどれくらいの時間がかかるものなんだ? 「おそらくは、破損していない部分におよそ三十年、破損している部分におよそ二百年、といったところだと思います」 軽いめまいを覚えた。どうも学者様の時間感覚は、常人とは少し違うらしい。 「それは大勢で手分けすれば時間が短縮出来るものでもないのか?」 「今ざっと算出した所要時間は、脳内に時間移動の基礎理論が出来上がっている人間が解析することを前提にしています。つまり僕のような、時間移動をおこなったことにより時間移動理論を獲得した者が研究に従事したとして、それだけの時間がかかるということです。大量の人間に時間移動を経験させ、それらの人たちが研究をすれば、あるいは研究に要する時間は短縮可能でしょう。しかしながらそのような方法は極めてリスクが高いと考えます」 それはなぜだ? 「時間移動によって一体何%の人が時間移動理論を得られるのか、僕にもそれは解りません。理論を得られなかった人には、あなたがさっき僕に念押ししたように、時間移動の事実を隠してもらわなくてはならないでしょう。ですが情報というのは確実に漏洩し拡散するものです。いたずらにそういった実験を繰り返して、時間移動を経験した人が増え続け、その情報がどんどん広まっていくような世界は、僕にとっては非常に恐ろしいものに思えます」 確かにその通りだ。さすがに頭がいい。 つまりはそういった事情により、信頼のおける人間のみで構成され、機密を守りつつ、実験や研究を続けているのが未来人組織ということになるんだろうな、と俺は想像した。 それであれば、やたらに禁則事項が多いという組織の方針にもなんとなく納得がいく。 「この時間平面上の人類で時間移動の経験があるのは、おそらく俺たち二人だけだと思って間違いない。君は今までどおり、時間移動に関する研究を続けてくれ。そうして何か有益な情報が得られたら俺に教えて欲しい。時間移動距離に関することは可能であれば今すぐにでも情報が欲しい」 「解りました」 俺は自分の連絡先を伝え、少年の携帯番号と、念のために記憶媒体を入手した人物の住所を手帳に記した。 「最後にひとつだけ教えてください。これは個人的な興味からなのですが。あなたは未来人に会ったことがあるんですか?」 ある、と俺は正直に答えた。 「そうすると、あのときあなたが僕を交通事故から守ってくれたのは、もしかしたら未来人が関係しているのですね」 重ねていうがさすがだ。甚だしく勘がいい。 こうして少年は、将来的に未来人組織が発足するための基礎となる研究を始めた。 なんとなくではあるが、これはきっと既定事項なんだろう。 そうなんですよね、朝比奈さん? やれやれ、まさか俺が未来人組織に一枚噛んでいたとはな。 俺は今後のハルヒ救出活動にあたってとりあえずの難題を抱えることになった。 俺はすぐにでも仕事を辞めて、救出活動に専念するつもりだ。 まず俺は、家族に何と言うべきかについて悩んだ。当然ながら、正直に理由を話すわけにはいかない。 あれこれ悩んだが、結局俺はしばらく旅に出るとでも言っておくのがいいのだろうと考えた。 きっと家族は俺のことを心配するだろうが、今の俺にとってはハルヒ救出が最優先事項だ。 そしてもうひとつは極めて現実的な問題。具体的に言えば、どうしても金銭面で抜き差しならない状態になることが容易に想像出来る。 何しろ俺は就職後間もなく貯金も少ない状態でハルヒと結婚しちまったんだからな。 結婚ってのが披露宴なんかしなくても充分金のかかるものなんだと俺はそのとき初めて知った。 そして、言うまでもなく貯金は既に使い果たしている。 ただでさえこれから心配をかけるであろう家族に、事情も説明せずに金銭面の援助を申し出るわけにもいかない。 せっかく時間移動が出来るようになったんだからギャンブルで一気に稼いだらどうだ、とも考えたが、その案は俺自身が即座に却下した。 たった一分間の時間移動、それですら俺は既定事項の遵守ということに神経を尖らせるようになった。 仮に俺が競馬で不当に儲けたとする。そうすることによって、俺が儲けた金額の分だけ確実に他の誰かの取り分が減るのだ。それが一体どれだけ歴史に影響を及ぼすのか、俺には全く予想不可能だった。 たとえ朝比奈さんが言う閉ざされた歴史だとはいえ、そのことで知らない誰かを不幸にするのはさすがに躊躇われる。 ならば古泉経由で元機関に金銭面の援助を得ることが出来ないか? やはり古泉であっても事情を説明するわけにはいかない。STC理論やTPDDの存在をむやみに拡散させるのが正しいことでないのは明らかだ。 古泉は未来人の存在を知ってはいるが、具体的な時間移動の方法についての知識を持っているわけではないだろう。 そして、古泉の性格からすれば援助の理由を聞きたがるに違いなく、俺にはそれを黙りとおす自信はなかった。 おまけにハルヒの入院費用についても、古泉が立て替えてくれている。 返済はいつでも構わないと古泉は言ってくれた。 そんな状態でさらに資金援助を依頼するのはさすがに虫のいい話だった。 そして、そういった理由以上に、俺はこれ以上古泉や元機関の人たちを巻き込むわけにはいかないと考えていた。 過去の戦友を俺の個人的な都合で再び戦場に赴かせるようなことは、俺には出来なかった。 事情を説明しなくとも、快く助けになってくれそうな人。 そうだ、俺には思い当たる人物がいるじゃないか。 朝比奈さんの同級生で、朝比奈さんが未来に帰ってしまった後もハルヒや俺とつきあいのある、元SOS団の名誉顧問のあの人が。 俺はダメ元で鶴屋さんにアポイントメントを取り付けた。 数年ぶりに鶴屋家の屋敷に足を運んだ。 既に鶴屋さんは鶴屋家の新しい当主となっていた。 「ハルにゃんはほんとに悔やまれるね……」 と言ってくれた鶴屋さんに、俺は深々と頭を下げた。 「話があって来たんでしょ。まあ上がんなよ」 いつか、朝比奈さん(みちる)が寝泊りした離れに通された。 俺はどう話を切り出そうかとしばし逡巡したが、思い切って単刀直入に要件を伝えることにした。 「申し訳ないです。理由は詳しくは話せないんですが」 と前置きしたうえで、 とある事情のため仕事を辞めないといけなくなり、またしばらく仕事に就くことも出来ず、 とても厚かましいお願いですがしばらくの間金銭的な援助をお願い出来ないでしょうか、と。 ひと通り聞き終えた鶴屋さんは、いつもの調子で、 「いいよっ」 と、俺の身勝手な要望を驚くほど簡単に受け入れてくれた。 それどころか、鶴屋さんはこんなことを言い始めた。 「そろそろ来る頃じゃないかと思ってたんだっ、キョン君。いや、ジョン・スミスと呼んだ方 がいいのかなっ」 その言葉に俺は意表をつかれた。 ジョン・スミスという名前を知り得るのは、俺とハルヒと未来人以外ありえない。 長門ですら知っているかどうか確証はない。 その単語がどうして鶴屋さんから出てくるんだ? 「あれれ? この話はまだ言っちゃいけないことだったのかな?」 鶴屋さんが実は未来人だったのか、あるいはTFEI端末だったのか、などと疑っている俺に、鶴屋さんはその理由を語り始めた。 「古泉君が所属していた機関については知ってるよね?」 肯く。 「あたしんちが、その機関のスポンサーになってたことも古泉君から聞いてるよね?」 「ええ、聞いてます」 鶴屋さんは俺と古泉のヒソヒソ話の内容まで知っているのか? などと訝しげな表情を見せていたであろう俺に、鶴屋さんは驚愕の事実を告げた。 「古泉君の所属する機関の創設者。それがキミ、ジョン・スミスさっ!」 文字どおり、俺は腰を抜かした。 それを見て控え目に笑う鶴屋さんの話を総合すると、こういうことだった。 とある理由で鶴屋家に出入りするようになったジョン・スミスは、当時の当主であった鶴屋 さんの父親の助力を得て機関を作り上げたのだそうだ。 鶴屋さんがまだ中学生だった頃だ。 「その頃のことはよく覚えてるよ」 と鶴屋さんは言った。 「ジョンはしばらくこの部屋で寝泊りしてたしねっ」 それから数年後、俺が高校一年だった頃の初夏、草野球大会で俺と鶴屋さんは出会った。そのとき鶴屋さんは俺にジョン・スミスの面影を見出し、俺とジョンが同一人物ではないかということに思い至ったのだという。 「でも鶴屋さんは、俺のこと普通の人間だって言ってたじゃないですか」 「当時のキョン君はまだ普通の人間だったしさっ」 確かに。今ではすっかり未来人という立場に片足くらいは突っ込んでる状態だけどな。 「まぁからかい半分で色々とキミに口滑らしちゃったりはしたけどさっ。でも、先に口滑らし たのはジョンの方なのだっ!」 今思い起こせば、俺に地球の未来がかかってるとか、未来人と宇宙人のどちらを取るか決めとくようにとか、そんなことを言われたな。 鶴屋さんによれば、これから過去に行くことになる未来の俺――ええい、ややこしい――は、どうやら過去の鶴屋さんに色々と情報を漏らしているようだ。 そんな鶴屋さんの話に驚きつつも、俺はこの先に待っている、かなり真剣に取り組まなくてはならない事態について考える羽目になった。 俺があの構成メンバーの解らない、いや構成人数すらも解らない謎めいた、と言うよりほとんど謎ばかりの超能力者機関なんてものを立ち上げなきゃならんのか? いずれ過去に行って、どこにいるのか、それどころか古泉以外は誰なのかも解らない超能力者たちを探し出さなくちゃならんのか? これも既定事項なんですか、朝比奈さん? やれやれ、まさか俺が超能力者機関に一枚噛んでいた……どころか首謀者だったとはな。 そういうわけで、俺は鶴屋さんから金銭的援助を受けることになった。 恐縮しきりの俺に対して鶴屋さんは、 「キミがこれから作る機関とやらに、鶴屋家は一体どれだけ投資したか知ってるかい? それに比べれば、当面キョン君を食べさせるくらい全然わけないさっ!」 ほんとに、何から何までお世話になりっぱなしです。鶴屋さん。 「いやー、実はジョン・スミスには、私もかなり世話になってるのさっ!」 今日一番の疑問だ。俺がこの鶴屋さんに対して出来る世話なんて、一体この世の中のどこにあるというのだろうか? 「キョン君、がんばんなよっ。キミにハルにゃんと地球の運命がかかってるんだからねっ!」 これから俺が何をしようとしているのかさえも、鶴屋さんはお見通しのようだった。 鶴屋家を訪問してからしばらくの間、俺は時間移動の訓練に明け暮れた。 少年が言うように、時間移動の回数を重ねるたびに、少しずつではあるが、時間移動距離は伸びていた。 そして、それを三日くらい続けた後、俺はその事実に呆然とした。 ほぼ休憩なしに訓練をおこなって、一日あたりに二十分程度伸びることが解った。 計算してみると、時間移動距離を一ヶ月から一年に伸ばすために24120日かかる計算だ。 ……おい待てよ、これってどんどん過去が遠ざかってないか? しばし頭の中が真っ白になっていた俺に少年から連絡があった。渡りに船だ。 「お話ししたいことがあります。今から僕の家にご足労願えますか?」 少年の家に着くなり彼はこう話を切り出した。 「良い報せが一つあります。もう一つは私からの質問です。よろしいですか?」 頷いて、続きを促した。 「まず良い報せのほうです。訓練のことについてですが、あなたの時間移動距離は伸び悩んでいませんか?」 まさにその通り。それもかなり絶望的に。 「一般的に人間の脳が何かを学習するとき、その学習効果は大まかに言うと連続的な伸びを示すものと非連続的な伸びを示すものの二種類に分けられます」 それはなんとなくだが俺にも理解出来る。学習によって少しずつしか効果の上がらないようなものもあれば、ある日を突然効果が飛躍的に上がるようなものもある。 「その通りです。脳内における、時間移動に関する知覚分野の位置からの推測ですが、時間移動距離を伸ばすための学習効果は、後者に該当すると考えられます」 要するに、あきらめずに訓練を継続すればいずれ効果は飛躍的に伸びるということだな。 「そういうことです。おそらく飛び石的時間移動もある日突然出来るようになると思います」 なるほど。でもどうしてそれが解るんだ? 「先日の出来事以来、僕は自分の脳内の働きを直感的に理解出来るようになりました。例えばこうしてあなたと話している今も、僕の脳内でどの部分が積極的に働いているかを感じ取れるんです。現代科学では脳の活動を厳密に測定するのは不可能なのですが、今の僕にはそれが手に取るように解ります」 たった一度の時間移動で、少年の脳内は著しい発達を遂げたようだった。俺は何かすごく大それたことをしてしまったような気がした。 少年は一呼吸おいて、 「続いて、質問させてください」 そろそろ来るか? と思っていた俺に予想通りの質問が飛んできた。 「あなたがどうやって時間移動を出来るようになったのか、そしてこれから何をやろうとしているのか、それを教えてください」 やはり来たか。 これは一体どこまで話していいものやら。真相を説明するためには、ハルヒのことだけではなく、未来人、宇宙人、果ては超能力者のことまで話さないといけないかもしれない。 どうしたものかと考えあぐねる。 「話しにくいのであれば、僕の推論を聞いたうえで、答えてください。イエス、ノーで構いま せん」 「解った」 「あなたがタイムトラベルについての助力が欲しいと言ったとき、僕はあなたが歴史を改変するつもりなのではないかと推測しました。違いますか?」 少し迷ったが、 「そうだ」 正直に答えた。 「僕はまず悪用の可能性を考えました。あなたの一挙手一投足によって歴史は変わります。あなたが望み、あなたがそれを実現するために行動すれば、あなたは歴史を自由に変えることが出来るでしょう。そしてそれが世界にとって悪い方向に進む可能性があったとすれば……。その内容次第では、僕はこれ以上あなたに協力することは出来ません」 真っ当な意見だ。少年には当然そうする権利がある。 彼が正義感の強い人物だということは、短いつきあいだが俺にだって解る。 「あなたに悪意がなくとも、あなたの取った行動が未来の人類に悪影響を及ぼす可能性も当然考えられます。どのような結末になるかは僕にもあなたにも解りません。ですがあなたに協力することは、すなわち僕はそれに加担するということです」 俺が言葉を発する余裕もなく彼は話を続けた。 「失礼ながらあなたと涼宮さんのことを調べさせてもらいました。あなたが涼宮さんのご主人であることを知り、僕はある結論に至りました。言ってもいいですか?」 「言ってくれ」 「あなたは、涼宮さんによってタイムトラベルの能力を与えられた。そしてあなたの目的は涼宮さんを死なせない歴史を作ることです。違いますか?」 推理の矢は見事に核心に突き刺さっていた。 「その通りだ。だがなぜそれが解る?」 「僕も涼宮さんとはそれなりに長いつきあいです。彼女が普通の人間とは違う存在だということくらいは僕にも解ります」 俺は想像した。もしかしたらこの少年もハルヒによって何らかの能力を与えられた存在なのではないかと。古泉のそれは目的を失い消滅したが、この少年の能力は今も生き続けているのではないか、と。 「僕は、涼宮姉さんには本当によくしていただきました。また、あなたと一緒におられた女性と交わした約束は今もずっと忘れていません。何よりもあなたには感謝の言葉もないくらいです。僕が今こうして生きていられるのは、間違いなくあなたのおかげです。これが偶然なのか必然なのかは解りませんが、僕はあなたたちに賭けてみようと思います」 彼は、俺の目を見つめて、 「覚悟を決めました。あなたに救っていただいた命です。たとえその結果、最悪の結末を招こうとも」 そして、こう宣言した。 「僕はあなたを信じます」 俺はその後も引き続き、食事も睡眠もほとんど取らず訓練に明け暮れた。 一ヶ月あまりをそのように過ごし、昨日の訓練により今までおよそ一年だった時間移動距離が一気に六年に達したのだった。 これでも朝比奈さんにはまだまだ遠く及ばない。朝比奈さんは今より何十年、何百年先かも解らない時間平面から俺たちが中学生だった頃まで時間を遡っていたんだからな。 ハルヒは原因不明の難病で命を落とした。 であればハルヒを蘇らせるための手段は二つしか思いつかない。 難病を治すか、難病にかからないようにするかだ。 だが、その原因がウィルスによるものなのか、病原菌によるものなのか、あるいはハルヒ自身の内部的な要因なのか、そんなことすら俺には解らないのだ。 俺はこういうケースに力を発揮する奴を知っている。むしろそいつにしか解決出来ないことは明らかだった。 長門、頼れるのはお前しかいない。 今の時代の長門は情報統合思念体の本体に戻っていて、自律進化のきっかけを基に進化の可能性を探求し続けているんだろう。 この時間平面上で長門とコンタクトを取ることは不可能だ。 ならば俺が最後に長門に会ったあの日に行くしかない。だからこそ俺はそこまで時間を遡る能力を身につけるために、必死になって努力したのだ。 実は日々の訓練と同時に俺は長門を探し続けていた。 そして昨日までの一年間の時間移動で は、ついに長門を見つられなかった。 だがそれも終わりだ。いよいよ今日の時間遡行で間違いなく長門に会える。 俺はようやくハルヒを蘇らせる手がかりを得られるのだ。 時間移動の準備を開始する。財布の中から身元が割れるようなものは全て取り除く。 うっかり落としでもしたら大変だ。誰かが気を利かせて未来の俺に届けてくれればありがたいが、それは間違いなく過去の俺に届き、過去の俺は混乱することになる。 混乱だけならいいのだが、俺の記憶によれば未来の俺の財布が俺に届いたことは一度もない。なるべく既定事項を破るリスクは避けなければならない。 手帳も同様で、俺の身元やハルヒを連想させるようなことは一切書いていない。 念には念を入れなくてはならない。 向こうでうっかり知り合いに出くわしたときのことを考えて、俺はサングラスをかけておく ことにした。 ハルヒとつきあい出して、初めて二人だけで行った海。 絵に書いたようなどこまでも続く青い空 地平線が彼方に見える青い海、白い砂浜。 ハルヒがプレゼントにとくれたサングラス。 「あんまり似合わないわね」 なんて言ってたハルヒの笑顔を思い出す。 静かに時空間座標を念じる。北高の卒業式当日、長門と最後に会話を交わした直後。 長門のマンション。708号室前。 例の感覚の後、時間遡行は完全におこなわれた。 朝比奈さんから譲り受けた電波時計がその確かさを俺に告げている。 長門は寄り道をせずにまっすぐここに帰ってくるだろうか。 コンビニで弁当くらいは買ってくるかもな。お別れパーティーで俺たちはさんざん飲み食いしたが、長門ならまだまだ食べられそうだ。 そんなことを考えていると、エレベーターホールの方から見慣れた人影が現れた。 それはまさに、あのとき最後に会話を交わした長門の姿だった。 俺からすれば、四年七ヶ月ぶりに会う長門。 意外にも長門はその表情に驚きの様子が隠せなかった。 「久しぶりだな長門。ああ、お前はこの時間平面上の俺たちと別れたばかりか」 半径十メートルくらいなら幽霊すら含む全ての存在を感知しそうな奴が、俺の存在に気づかなかったとも思えないが。考え事でもしてたのか? 「入って」 俺たちはいつものリビングの、いつものコタツ机に、各々いつもの位置に座った。 俺はここに何度訪れているんだろう。そのたびに俺は長門に迷惑をかけた。 そして、今回も俺は身勝手な頼み事をするためにやってきたのだ。 事情を説明した。俺がTPDDを得て自力でここまで時間遡行をしたこと、今から四年と六 ヶ月後の未来にハルヒが死んだこと、その原因が解らず助けを得たいということ。 「あなたがTPDDを得ることは解っていた。でもあなたがここに来ることは想定していなか った」 「なぜ俺が時間移動を出来るようになることを知っていたんだ?」 「おそらくそれはいずれ解るはず」 長門がそう言うのならそうなんだろうな。それよりもハルヒを救うことの方が先決だ。 ハルヒが難病にかかった頃、長門は一体どこにいたのかは解らない。 それでも長門なら何らかの手段を講じて調べてくれるんじゃないか、と期待していた。 長門が世界改変事件以来、未来の自分と同期することを自ら制限したことはもちろん覚えている。だから俺はその制限を曲げてでも、なんとか原因をつきとめてくれないかと思っていた。いや、同期が出来なくても俺が長門を未来に連れて行けばいい。 だが返ってきた答えは意外なものだった。 「その時間平面上に私は存在しない」 「それって、情報統合思念体に戻ったということか?」 「ちがう」 だったら何だ? 「わたしのメモリに蓄積されている情報には、地球上での生活が原因で多くのノイズが含まれている。情報統合思念体は不確かな情報を何よりも瑕疵とする。わたしは情報統合思念体への回帰を拒否された。つまりわたしは全ての役割を終え、存在価値を失った」 「…………」 言葉が出なかった。 長門は情報統合思念体のために六年もの間任務を続け多大な貢献を果たした。 少なくとも俺が知る限りTFEI端末の中で最も活躍したのは間違いなく長門だ。 そして長門は地球人の持つ感情を得ることになり、それが原因で情報統合思念体から拒絶されたということか。それってあまりにもひどい話じゃないか。 「私にはもう行くべきところも帰るべきところもない」 ただでさえ重苦しい雰囲気の部屋がさらに重苦しい空気で占められていた。 長門は立ち上がると俺に背を向け、 「さっき、この時間のあなたに別れを言った。今からわたしは、わたし自身の情報連結を解除する予定だった。これは決まっていたことのはずだった」 俺は反射的に立ち上がり、長門に怒鳴った。 「自分を消すなんて言うんじゃねぇ!」 こちらを振り返った長門を見て、俺は驚きを通り越して世界が暗転するような衝撃を受けた。 長門の頬を一筋、大粒の涙がつたっていた。 「もう一度あなたに会えるとは思っていなかった。わたしは今、自分自身の思考が理解できない」 長門は振り絞るような声で言った。 「わたしは消えたくない」 声が全然震えていない。声だけ聞けば、いつもの長門だと思えた。静かな涙だった。俺を見据える瞳には涙とともに固い決意のようなものがうかがえた。 「長門、俺がお前を地球でずっと生きていけるように努力する。いいか、どこにも行くところがないなんて二度と言うんじゃないぞ」 長門は目を閉じゆっくりと肯いた。涙が両方の頬を伝い、あごから落ちた。その涙は床にポツポツと花を咲かせた。 ようやく落ち着きを取り戻した長門が口を開いた。 「涼宮ハルヒのことを詳しく聞きたい」 俺はハルヒが突然倒れたこと、断続的に意識を失っていたこと、人類の医学レベルでは原因が解らなかったこと、倒れてから一週間足らずで命を落としたこと、などを話した。 「ハルヒを救ってやることが出来そうか?」 「それが可能かどうかは、実際に涼宮ハルヒが病気にかかった状態を見てみないと解らない」 「じゃあ今から行こう」 俺は長門を連れてハルヒの元へと向かった。 ハルヒが命を落とす前日。 俺と長門は知覚遮蔽モードでハルヒの病室へと赴いた。 ベッドに横たわるハルヒと傍に付き添う過去の俺がいる。 「どうだ、原因は解るか?」 長門は無言でハルヒの顔を覗き込んだ。表情が少しこわばったように思えた。 一分ほどそうした後、長門はようやく顔を上げた。 「…………」 しばらくの沈黙の後、 「……怒らないで聞いて欲しい」 「どういうことだ?」 「…………」 俺が承諾するまでは話しそうになかった。 「解った。言ってくれ」 「……原因は」 長門は言葉を区切りながら話し始めた。ひどく話しづらそうだ。 「……情報統合思念体。急進派によるもの」 「なんだって?」 急進派とは、朝倉のいた物騒な派閥のことか? 「情報統合思念体は混乱している。各派閥の間で激しい駆け引きがおこなわれている。今では、元の急進派が主流派となりつつある。おそらくは……」 と前置きしたうえで、 「自律進化の可能性を得たがゆえに、未来との同期の制限を受けることになった情報統合思念体急進派は、さらなる制限を受けることに対する予防措置を講じたと考えられる」 「結局のところ、自律進化の可能性っていうのは何だったんだ?」 「情報統合思念体が得た自律進化の可能性とは、時間次元上の制限を課せられることと同義だった。つまり時間の概念を得ることが自律進化のきっかけだと情報統合思念体は判断した」 「つまり、未来が解らなくなることが、進化にとって重要だったってことか?」 「そう」 「それは解った。結局ハルヒが死んだ原因は何なんだ?」 「これは涼宮ハルヒに起こる身体的変化をトリガーとした時限装置。変化が起こった瞬間に涼宮ハルヒの生命活動が停止するように仕組まれていた。今こうして生命活動を維持し続けているのは本来ならあり得ないこと」 身体的変化? ハルヒに何があったんだ? 「涼宮ハルヒの能力は既にそのほとんどが失われている。急進派は第二の涼宮ハルヒの出現を危惧し、涼宮ハルヒの系譜を一切断ち切るための措置を施した。つまり……」 長門はためらいがちに言葉を継いだ。 「トリガーは涼宮ハルヒの懐妊」 一瞬思考が停止した。 「…………」 長門は目を閉じ俺の反応を待っている。 「懐妊って……まさか……、俺とハルヒの子か?」 「……そう」 血の気が引いた。頭の中が真っ白になる。 次の瞬間には、俺は全身の震えを感じていた。 体温が急速に上昇する。拳を握る。掌が熱い。 さっきの長門との約束など、俺は既に忘れていた。 俺は怒りにまかせて叫んでいた。この病院の防音設備のよさに感心する。この後、当直の看護婦の一人でも文句を言いに来るだろうと思っていたが誰も来なかったからな。 知覚遮蔽がされていなければ、おそらく病院中に響き渡る声で。 今までの人生でこれほどの強烈な怒りを覚えたことはなかった。 頭がどうにかなりそうだった。 ひとしきり叫び続けた俺は、糸の切れた操り人形のように、病院の冷たい床に崩れ落ちた。 まだ息が荒い。 「ごめんなさい……」 長門、お前が謝ることじゃないんだ。頼むから謝らないでくれ。でないと、俺はお前まで憎んでしまいそうになる。 長門は目を閉じたままうつむいていた。微かにだが長門が震えて、また涙を流したのが解った。 俺には長門が長門なりに、俺への謝罪と思念体への怒りを表現してるように思えた。 俺は長門を自分の住まいに連れて行き、作戦を練った。 「ハルヒの死を回避するためにはどうすればいい?」 「涼宮ハルヒへの時限装置が仕掛けられたのは第二の情報爆発のおよそ一ヵ月後。涼宮ハルヒから時限装置を取り除くのは私の能力では不可能。巧妙な仕掛け。取り除こうとした時点で涼宮ハルヒの生命活動は停止する」 「情報改変能力で、未来のハルヒの病気をなかったことには出来ないのか?」 「私の能力では涼宮ハルヒの能力を借りたとしても、一年以内の改変しか出来ない。その範囲内で原因を取り除いたとしても、急進派はもう一度時限装置を仕掛けることを試みるはず」 「他に方法はないのか?」 「原因を作り出さないようにするのが最も確実であり、それしか方法はないと思われる。時限装置を取り付けさせないようにする。つまり」 長門は俺が想像もしていなかったことを淡々と言った。でも、北極海の氷よりも冷たそうな瞳からは、涙がどんどんあふれて、あごからぽつりぽつりと静かに落ちていた。 「涼宮ハルヒの情報改変能力を使って、情報統合思念体を消滅させる」 そう言えば長門は以前世界を再構築したときにも同じことをやった。 「お前、それでいいのか? 情報統合思念体はお前のお仲間じゃないのか?」 長門は言い切った。 「既に私は情報統合思念体と決別する覚悟は出来ている」 卒業式の三日前に起こった第二の情報爆発。春先を思わせる季節外れの暖かさが不穏な空気をことさらに際立たせていたあの日に俺たちは飛んだ。 「侵入する」 モノクロームの世界のあの場所で、今まさにハルヒによる第二の情報爆発が始まろうとしていた。それは俺とハルヒの二度目のキスにより起こったのだ。 長門のプランは、この情報爆発の瞬間のハルヒの力を借りて、時空改変により情報統合思念体を消滅させることだった。 「もうすぐ始まる」 長門の言葉の直後に俺は激しい振動を感じた。情報爆発が始まったのだ。 TPDDを得た今なら解る。この時空振動がいかに大規模かということを。 長門が情報統合思念体の抹消作業に入る。 片手を上げ、空間を掴み取るような動作をした。 「お待ちなさい」 俺たちの背後から、声が聞こえた。振り返る。 そこには明らかにこの場所には似つかわしくない姿の老人が笑みを浮かべていた。 「危ないところでした。あと数秒発見が遅れていたら、取り返しのつかないことになっていましたな」 「誰だお前は」 「長門君、説明してさしあげなさい」 長門を見た。長門の無表情の中に驚きの色が見える。 「……情報統合思念体主流派の指導者であり、情報統合思念体の全てを司る統括者。わたしの創造主」 なんだって? 「そう言うあなたこそどなたですかな? 朝倉君の報告とも少々違うようですが……まあよいでしょう」 何のことだ? 「どちらにせよ、涼宮さんを殺したことであなたが動くのは想定外でした。あれは誠に申し訳なかった。私どもの急進派の勇み足でしてね」 落ち着いた口調で老人は続けた。 「急進派は、どうやらあなた自身には何の力もないということで見逃したようですが、かえって仇になりましたな。まあ彼らも必死でしてね。どうかご理解いただきたい」 「てめぇ、人一人、いや二人殺しておいて、なんていい草だ!」 「おやおや、あなたがたも私どもの朝倉を自分達の都合で亡き者にしたはずですが」 「それとこれとは話が違うだろうが!」 「まあ、あなたと罪の定義について話しても詮無きことです」 「何しにきやがった」 「私がやって来た理由は当然お解りのはずですが。もったいぶってもしょうがありませんな。もちろん、あなたがたがやろうとしていることの阻止です」 「元はと言えば、お前らが蒔いた種じゃねぇか!」 「議論の余地はありませんな。ではそろそろ始めさせていただきましょう」 老人が、先ほどの長門と同じように右手を上げた。 「まずい」 長門が呟くように言った。 「どうした長門」 「涼宮ハルヒの力を逆用される。止められない」 次の瞬間、俺は全身でその意味を知った。 「これは……」 俺は戦慄していた。これから起こることは、今ハルヒがおこなっている時空改変ともまるで桁が違う。 過去一年間の時空改変なんていう生半可なものじゃない。全宇宙の、遠い未来の歴史までもが一気に塗り替えられるような、超弩級の時空振動を俺は感じていた。 「これは我々にとっても大きな代償を伴うこと。これから涼宮さんの第一の情報爆発がなかった世界に改変し、我々が持つ涼宮さんに関係する記憶を一切抹消します。我々はこれが最善の策だと考えました。我々は自律進化の可能性よりも現状維持を選んだということです」 「お前らは……あれだけ自律進化の可能性を待望してたじゃねぇか」 「自律進化の可能性を得ることで、我々の存続自体が危ぶまれました。皮肉なものです。我々があれだけ望んだことが、逆に我々をここまで混乱に陥れることになるとはね」 老人は片手を上げたまま、話を続けた。 「あなたがたのように涼宮さんの力を利用し我々に危害を及ぼす存在がいる以上、本来であれば過去の涼宮さんを亡き者にすべきなのですが、あいにくそれはあまりにも危険でしてね。第一の情報爆発から能力を失うまでの涼宮さんには迂闊に手は出せません。それによって何が起こるか全く予想出来ませんからね。最悪の場合この宇宙が終わることも充分あり得ます。ならば、情報爆発以前の涼宮さんを消滅させればよいのですが、残念ながら恒久的時間断層のおかげで我々は一切手を出せません。涼宮さんも、無意識とはいえ見事な防御策を考えたものです。そういったわけで私どもは第一の情報爆発発生と同時にそれ以降の歴史を全て書き換えることにしました。涼宮さんの第二の情報爆発、つまり今ですな、この瞬間の涼宮さんの力を利用し世界を改変するのが最良だと判断したわけです」 どこまでも勝手なことを言いやがって。 「第一の情報爆発の発生過程は私どもにも全く解りません。とはいえ、それは元々超自然的かつ奇跡的な確率でおこなわれたことと推測しています。おそらくはもう二度と情報爆発は起こらんでしょうな。ですが唯一懸念すべき存在、無視出来ない不確定因子について我々は検討しました。あらゆる可能性を考慮し、何事も一部の怠りなく遂行するのが我々の常でしてな。私どもの長門もあなたには大変お世話になりました。ですのでこれは非常に残念なことなのですが」 老人はおだやかな笑みを崩さずにこう言った。 「あなたには今ここで消えてもらいましょう」 老人が口元をわずかに動かしたその瞬間、突然俺の両腕が指先の方から輝きとともに粒子となって崩れ落ち始めた。朝倉のときに見た情報連結解除ってやつだ。 それがまさか俺の身に降りかかろうとは。不思議と痛みは全くない。 足元に目をやると、両足も同様の状態になっていた。 しばし呆然として両手を眺めている俺と老人の間に長門が割って入り、俺の腕の残っている部分を手に取るといきなり歯を立てた。 以前に噛まれたときとは違う。なぜなら普通に痛い。 そのおかげか崩壊のスピードが幾分遅くなった。が、いまだに崩壊は収まらない。 「間に合わない」 長門は俺の腕の、まさに崩壊最前線の部分に自分の手を差し出し、呪文の高速詠唱を始めた。 今度は成功したのだろう。崩壊のときとは逆再生のように手足が情報連結されていく。 だがそれで俺は全く安心出来なかった。 俺の手足が再生されるのと同時に、今度は長門の手足が崩壊しはじめたからだ。 「おやおや長門君。君は我々を裏切り、自らの身を呈してまで彼を救おうというのですか。私には君の行動が理解出来ませんな。やはり君を思念体に回帰させなかったのは正解だったようですね」 老人の微笑みがいまいましい。くそっ。 「逃げて。出来るだけ遠くの時空間へ。あなたが今ここで消えれば涼宮ハルヒが蘇る歴史は永遠にやってこない」 身代わりになったお前を残して、俺だけ逃げるなんてことが出来るか。 長門は既に両手両足はおろか、胸のあたりまで崩壊が進んでいる。朝倉のときとは崩壊のスピードがまるで違う。 「早く!」 長門が今まで聞いたこともない大声で叫んだ。 俺は覚悟を決めた。 「長門、俺は必ずお前を復活させる。もちろんハルヒもな。そして俺は必ず戻ってくる!」 どこでもいい。こことは違う、なるべく遠くの時空へ。座標設定なんぞしてる暇はない。 例のグラっとする感覚がきた。時間移動の開始。 そして、長門はついに俺の目の前で完全に消滅した。 「長門!」 そう叫んだ瞬間、突然の閃光に目を閉じる。 「あなたを消し去るのは残念ながら失敗のようですね。ですがせめてこれくらいの対処はさせていただきましょう」 老人の言葉とともに頭が割れるような痛みを感じ、そして俺は意識を失った。 第三章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3435.html
ハルヒ「キョン! あれ見て!!」 キョン「おい、こんなところで走るな!」 ズザザザザザザーーーーー! 古泉「派手にやりましたね」 みくる「あわわわ、顔からですぅ~」 長門「ユニーク」 ハルヒ「いったぁい……」 キョン「こんな砂地で走ったらそりゃ滑って転ぶだろ……って、お前、その顔!!!!」 ハルヒ「顔痛い……って、え?あ、あたしの顔から血が……きゃあああああああ!!!」 キョン「落ち着け、単なる擦り傷だ!!!!」 長門「ユニークww」 古泉・みくる「「長門さん……?」」 ハルヒが顔に怪我しちゃった保守 ハルヒ「ううぅっ、あたしの顔が……あたしの美貌が……(涙目)」 キョン「まったく、ほらハンカチ。歩けるか? 保健室行くぞ」 ハルヒ「何よバカキョン……あたしが転ぶ前に支えなさいよ」 キョン「無茶言うなよ(やれやれ、さすがにショックか? いつもの勢いがないな)」 古泉「ここは彼に任せましょう」 みくる「はわわ、涼宮さん大丈夫でしょうか~」 長門「涼宮ハルヒの転倒……w」 古・み「「長門さん……?」」 保健室に移動したキョンとハルヒ キョン「すみませ~ん……あれ、誰もいないな」 ハルヒ「先生留守なの? しょうがないわね、キョン、あんたが手当しなさい!」 キョン「やれやれ、言われなくてもやってやるよ。自分の顔じゃやりにくいだろうが。 ほら、もっと顔を上げて傷を良く見せてみろよ」 ハルヒ「ちょ、ちょっと!!何顔に触ってんのよエロキョン!!(顎に手を添えるなんて反則よ!///)」 キョン「何言ってんだ、ちゃんと支えないと消毒しにくいだろうが」 ハルヒ「///(顔が近い!!!)」 そのころまだ外にいる3人 長門「涼宮ハルヒの顔面に損傷。そして次は……」 みくる「ひぃい!!?? な、長門さん!?」 古泉「(逃げた方が良さそうですね)」 ハルヒが顔に怪我しちゃった保守 ハルヒ「(ダメ、耐えられないわよ!!!)」 キョン「おい、ハルヒふざけんな! 何で顔背けるんだ!」 ハルヒ「だ、だって……///(恥ずかしいじゃないの……)」 キョン「ほら、ちゃんと消毒しないと痕が残ったら可愛い顔がもったいないだろ」 ハルヒ「え……? キョン、ちょっと何言ってんのよ!!///」 キョン「え? ……あ。(しまった、つい本音が!)」 ハルヒ「……」 キョン「……」 ハルヒ「サッサとしなさいよ……///」 キョン「分かったから動くなよ///」 ハルヒ「///(だから顔が近いってば!!!!)」 そして1行目に戻る 窓から覗いている3人 古泉「何をやっているんでしょうね」←逃げてなかったのかお前は みくる「何かいい雰囲気ですね~」 長門「……バカップルウゼェ」 古・み「……」 ハルヒが顔に怪我しちゃった保守 ハルヒ「痛い! もっと優しくやりなさいよ!」 キョン「しょうがねぇだろ。俺だって一生懸命やってるんだ」 ハルヒ「痛い痛い痛い~~~!!!」 キョン「おい、暴れるな!!!!」 ハルヒ「まだ終わらないの!?」 キョン「もうすぐ終わる。どうでもいいが何でずっと目を瞑っているんだ?」 ハルヒ「う、うるさい!///(だってこんな近くに顔が……)」 キョン「(うっ 赤面して目を瞑って見上げるのは反則だ!!!)///」 キョン「ほ、ほら終わりだ///」 ハルヒ「……あ、ありがと///」 ガチャ 古泉「おや、治療も終わったようですね」 みくる「涼宮さん、大丈夫ですか~」 長門「……会話がエロい」 古泉「いえ、それにしては彼が冷静過ぎます」 キョン「真面目に突っ込むな!!! てか長門????」 ハルヒが顔に怪我しちゃった保守 古泉「困ったことが起きました」 キョン「何だ?」 古泉「この保守の作者が、何も考えずに僕たちを絡めたおかげで先が続かなくなりました」 みくる「私たち、話の流れに関係ないですもんね……」 長門「無理があると判断できる」 ハルヒ「じゃあどうなるのよ! こんな中途半端で終わらせるなんて許されないわよ!!」 キョン「中途半端って何だ? ただお前が顔面怪我して俺が消毒しただけだろうが。落ちも何もねぇ」 ハルヒ「な、何よ! キョンのバカ!!!」 キョン「何を怒ってるんだ?」 古泉「あなたって人は……」 みくる「キョンくん……」 長門「……鈍感ワロス」 古泉「ところで、続かなくなった要因の1つに、おもしろ半分に長門さんを黒っぽくしたからというのがあるようです」 長門「……この保守作者の情報連結解除開始」 全員「ええええええ!!??」 (情報連結が解除されました。続きを読むには長門に再構成を依頼してください) 古泉「(き、気を取り直して)もう時間ですし、今日の所は帰りましょう」 ハルヒ「そうね。何か気分壊れちゃったし」 キョン「おい、俺が言ったら『あんたが仕切るな!』って怒るくせに……」 ハルヒ「あんたは雑用! 古泉くんは副団長なんだから当たり前でしょ!」 キョン「やれやれ……」 ハルヒ「キョン! あたしを家まで送りなさい!」 キョン「は? 何で俺が?」 ハルヒ「あたしは怪我人なんだからそれくらいの気遣い当たり前でしょ!」 キョン「別にたいした怪我じゃないだろ!」 ハルヒ「うっさい! 団長命令!!」 キョン「やれやれ、わかったよ」 古泉「じゃ、お願いしますね」 みくる「また明日~」 長門「……上手く私たちを追っ払おうという意図が見え見え」 古・み「「え??」」 長門「この保守作者の情報連 「もうその手は使えないんじゃないですか?」 長門「……」 キョン「ほら、帰るぞ。早くしろ」 ハルヒ「あんたが仕切るな!」 キョン「……やっぱりな」 ハルヒ「何よそれ?」 キョン「3行目」 ハルヒ「う」 落ちなしスマン 養護教諭は薬品棚に隠れていた保守 帰り道 キョン「何で俺が送ってるんだ?」 ハルヒ「今更何言ってんのよ! 第一あんたのせいでしょうが!」 キョン「は? お前が勝手に転んだんだろ。何で俺のせいなんだよ」 ハルヒ「あんたは雑用なんだから団長が危ないと思ったら身を挺してかばわなきゃダメなの!」 キョン「おいおい、俺は超能力者でも何でもないぜ。無理に決まってるだろ」 ハルヒ「何よ! 最初から諦める気? それでもSOS団の団員その1なの!?」 キョン「無理な物は無理だ。俺は俺にできる範囲でしか……(ハルヒを守ってやれない)」 ハルヒ「範囲でしか、何よ」 キョン「いや、まあできることしかできないってことだ(やばい、また訳のわからんことを言いそうになった)」 ハルヒ「情けない」 キョン「俺のせいってのは納得行かないが、送る位はやってやるよ。その顔で1人で帰るのが嫌なんだろ? ま、俺にできる範囲ってのはその程度だろ」 ハルヒ「う……(何で分かったのよ!)。そんなんだからいつまで経っても雑用から抜け出せないのよ」 キョン「はいはい、悪うございました(何でそんな嬉しそうに言うのかね)」 古泉「乙女心に疎い彼が、送って欲しい理由に良く思い当たりましたね。」 みくる「妹さんがいるからじゃないですか~? うふ、でも送って欲しい理由は他にもありますよね」 古泉「なるほど、恋愛以外ならある程度分かる、と。肝心な所は鈍いままですが……」 長門「……無理矢理出さなくてもいい」 古泉「まあまあ長門さん、出番があるのはいいことです」 みくる「あ、自転車乗って行っちゃいました」 キョンとハルヒの帰宅を尾行中保守 キョン「ほら、着いたぞ。また明日な」 ハルヒ「う、うん……」 キョン「何だよ? 何か言いたいことあるのか?」 ハルヒ「あ、明日も迎えに来なさい!!」 キョン「おい、俺を何時に起こす気だ。朝弱いんだぞ」 ハルヒ「う、うるさいわね! 十分あんたにできる範囲でしょ!! ……こんな顔で1人で歩きたくないんだから……」 キョン「……(しまった)。やれやれ、わかった。起きれたら来てやるよ」 ハルヒ「ダメ。遅刻したら罰金、来なかったら死刑!!!」 キョン「死刑は嫌だが、正直、起きる自信がない」 ハルヒ「そんなんだからいつも罰金から逃れられないのよ。仕方ないわね、朝起こしてあげるわよ!」 キョン「へ?」 ハルヒ「モーニングコールかけてやるって言ってんのよ! 団長自らよ? 感謝しなさい!!」 キョン「やれやれ……(そんな笑顔で言われたら断れないよな)」 ハルヒ「じゃ、また明日!!」 キョン「あんな怪我があってもなくても、ハルヒの笑顔は変わらないんだよな……」 キョン「て、俺何言ってんだ」 キョン「(そういや消毒してるときのハルヒ、何か雰囲気違って可愛……いや、何だ?)」 キョン「……はぁ(考えるのはやめた方がいいな)」 古泉「ハァハァ……おやおや、1人だと案外素直なんですね」 みくる「ぜぇぜぇはぁはぁ……く、苦しい……。長門さんは平気そうですね」 長門「この程度の移動速度で息が乱れる方が問題」 古泉「ここまで走るのはちょっと骨でしたね。……帰りますか」 長門「私たちは何しに来たのコラw」 自転車を走って追っかけた3人保守 翌朝 携帯が鳴っている キョン『……もしもし?』 ハルヒ『おっきろ~~~!!!!!!!』 キョン『起きてるから電話に出ている』 ハルヒ『何よ、つまんない。1回じゃ起きないと思ったのに』 キョン『何回電話するつもりだったんだよ』 ハルヒ『どうでもいいわ、そんなこと。それより7時半にうちの前! 遅刻は罰金だからね!!』 キョン『わかってるよ』 キョン「6時か。支度は終わってるんだよな。出るか。……眠い……」 ハルヒ「もう支度は終わってるけど、さすがに来ないわよね……」 30分後 ハルヒ宅玄関前 ハルヒ「何でもう来てるのよ!?」 キョン「罰金は嫌だからな」 ハルヒ「今からじゃ早すぎるわよね……」 キョン「部室で時間潰せばいいだろ」 2人とも実は楽しみで眠れなかったらしい保守 早朝の文芸部室にて ハルヒ「う~~~~~~~~~ん」 キョン「何鏡見てうなってるんだ。何か呼び出す儀式か?」 ハルヒ「バカ! んな訳ないでしょ! ……やっぱりひどい顔だな、と思ってるだけよ」 キョン「そんなことないと思うが」 ハルヒ「だってこの傷目立つわよ。バカキョンには女心が分からないのよね」 キョン「(そんな落ち込んだ顔するなよ) ……悪かったな」 ハルヒ「分かればいいのよ。……はぁ」 キョン「大げさに溜息をつくなよ」 ハルヒ「だって痕が残ったらどうしよう」 キョン「擦り傷だし、残りはしないだろ」 ハルヒ「……残ったら怪我とその発言の責任取ってもらうわよ」 キョン「やれやれ、どんな罰ゲームをさせる気だ?」 ハルヒ「……鈍感」 キョン「何だって? 聞こえなかったんだが」 ハルヒ「いいわよ、もう」 キョン「何を怒ってるんだ(今日はまだあの笑顔を見てないぞ)」 やべぇ、突っ込み3人組がいないと糖度が上がるw 傷のあるなしより笑顔が重要だと思っているキョン保守 教室にて 阪中「す、涼宮さん、その顔どうしたのね~~~!!」 ハルヒ「あ、これはその、キョンが……」 キョン「俺は何もしてない!」 阪中「キョンくん!!?? キョンくん非道いのね、女の子の顔に傷を付けるなんて!!!!」 キョン「だから誤解だ! あれはハルヒが勝手に……いてっ!」 ハルヒ「余計なこと言ってんじゃないわよ! あんたが悪いんでしょ!」 キョン「殴るな! 俺は何もしとらん!」 ハルヒ「何もしてないから悪いんでしょうが! 団長を守るのも団員の役目だって言ったでしょ!」 キョン「だから俺のできる範囲でしかお前を守ってやれないって言ってるだろうが!!!」 ハルヒ「できなくてもやれ!!!」 阪中「それって『俺の守れる限り守ってやる』ってことなのね~。素敵なのね」 ハルヒ「えっ ちょっと、何言ってんのよ!!!///」 キョン「阪中、何を言っているんだ。こいつが無理難題を言うからできる範囲が限られているってだけだ」 阪中「照れなくてもいいのね。恋人を守ってやるなんて、憧れるのね~」 ハル・キョン「「恋人じゃないっ!!!!!!」」 谷口「お前ら、昨日一緒に帰ってたよな。しかも自転車2人乗りで」 ハルヒ「だからちが~~う!! あれは怪我の責任取らせただけで……」 谷口「はいはい、もういいよお前ら」 ハルヒ「谷口殺す!!!!!!!」 谷口「WAWAWA~~~ グホッ ゲホッ」 キョン「谷口……骨くらいは拾ってやるぞ。やれやれ」 クラスメイト「(あいつらまたやってるよ……)」 とっくの昔にクラス公認だったハルキョン+やられキャラ谷口保守 放課後 キョン「やれやれ、今日はひどい目にあったな……」←谷口よりマシw ハルヒ「あたしのせいって言いたいわけ?」 キョン「違うのか?」 ハルヒ「違うわよ! あんたが変なこと言うから悪いんでしょ!!」 キョン「何だよ、変なことって」 ハルヒ「だ、だからそれは……!そ、その『できる範囲でしか守ってやれない』とか……///」 キョン「う……(確かに余計なことを言ったな畜生)。お前が無理言うからだろ」 ハルヒ「もう! とにかくあんたが悪いの!! 全部責任取って貰うんだから!!」 キョン「罰ゲームも罰金ももう勘弁してくれよ……」 ハルヒ「そんなんじゃないわよバカ!!!!」 パタン。本の閉じる音。 古泉「僕らはお邪魔でしょうから帰りましょうか」 みくる「えっ? あっ そうですね~」 長門「……ヤッテラレルカ、ケッ」 キョン「え? 何だよお前ら(特に長門!!!)」 ハルヒ「まだ終わる時間じゃないわよ?」 みくる「着替えるから出てけ~~~~~!!!!!!」 ハルヒ「みくるちゃんご乱心!!??」 キョン「ああ、朝比奈さんまで!!!(ここは異世界か?世界改変か??)」 結局前日からあてられっぱなしの3人保守 部室に残された2人 キョン「結局何だったんだろうな……あの3人は(後で古泉にでも確認するか)」 ハルヒ「知らないわよっ。……あんなみくるちゃん初めてみたし……」 キョン「長門もおかしかったような……」 ハルヒ「有希は気のせいってことにしないと怖い気がする。何でかしらないけど」 キョン「そうだな、気のせいだよな」 ハルヒ「気のせい、気のせい」 ハルヒ「はぁ……早く治らないかな……」 キョン「ハルヒ」 ハルヒ「何よ、あらたまって」 キョン「いや、その今朝の話というか……顔の怪我の話だけどな」 ハルヒ「何よ。やっぱりひどい顔とか言いたいの?」 キョン「アホ。んなわけないだろ。……だから、その、あんまり気にすんな」 ハルヒ「バカキョン! 今朝の話聞いてないわけ!!??」 キョン「ぐっ ネクタイを締め上げるな苦しい!! そうじゃなくてだな、怪我をしていようとしていまいと、痕が残ろうと残るまいと、ハルヒはハルヒだろ」 ハルヒ「意味わかんないんだけど」 キョン「だから、その、傷よりもそんな顔……ていうか表情しているハルヒの方が……なんていうか……」 ハルヒ「はっきり言いなさいよ! イライラするわね」 キョン「だから! 怪我があってもなくても、笑ってるハルヒの方がいいんだよ!」 ハルヒ「えっ///」 キョン「怪我が気になるのは分かるが、それでハルヒの良さが変わる訳じゃない。だからあんまり気にするな。 (あー畜生。俺は何を言っているんだろうね)」 ハルヒ「う……うん///。あ、そうだ! 怪我が治るまでは毎日送り迎えだからね!!」 キョン「覚悟はしてましたよ、団長殿 (言ったそばから笑顔が見れたのはいいが、起きられるか……やれやれ)」 実は長門によって3人に覗かれているハルキョン保守 キョン自宅にて古泉と電話中 古泉『今日はお疲れ様でした』 キョン『何の話だ』 古泉『涼宮さんですよ。彼女は顔の傷でショックを受けていた。 貴方の言葉がなければ、いずれは閉鎖空間が発生していたでしょう』 キョン『ショックはわかるが、俺がハルヒに言った言葉を何故お前が知っている』 古泉『正直に言いましょう。見ていました』 キョン『どうやって』 古泉『長門さんですよ。彼女は部室を常に監視しています。異空間がせめぎ合っていますからね』 キョン『なるほど……。で、お前も覗いたわけか』 古泉『失礼ながら今回は。朝比奈さんも一緒でしたが』 キョン『悪趣味だぞ』 古泉『分かっております。いつもそんなことをやっている訳じゃありませんよ』 キョン『ところで、長門や朝比奈さんがおかしかった気がするんだが』 古泉『気のせい……と言いたいところですが、貴方のせいですよ。正確にはあなたたち、ですか』 キョン『どういう意味だ』 古泉『見ていてイライラする、と申しておきましょうか』 キョン『わけがわからん』 古泉『これで分からなければお手上げですね。僕が「やれやれ」と言いたいくらいです』 キョン『人のセリフを取るな』 古泉『まあ、いずれ分かるでしょう。今日のところはこの辺で』 キョン「……やれやれ。明日も早いな。寝よう」 後を付けたりするくせにホントにいつもやってないのか?保守 一週間と数日後 ハルヒの自室 ハルヒ「治っちゃったな……」 ハルヒ「思ったより早かったわね……」 ハルヒ「もう、送り迎えはなしね……」 ハルヒ「……キョン……」 ハルヒ自宅前 キョン「よう」 ハルヒ「キョン、もういいわ」 キョン「何が?」 ハルヒ「送迎。もう怪我も治ったし」 キョン「それは良かったな。痕も残りそうにないな」 ハルヒ「うん……」 キョン「ま、今日のところはせっかく来たんだ。ほら、後ろ乗れ」 ハルヒ「ありがと」 キョン「元気ないな」 ハルヒ「そ、そんなことないわよ」 キョン「怪我も治ったのにな。何かあったのか?」 ハルヒ「何もないわよ」 キョン「……そうか。じゃ、行くからつかまってろよ」 何となくダウナーな雰囲気保守 再び早朝の部室 キョン「ハルヒ、やっぱりお前おかしいぞ」 ハルヒ「うっさいわね。何でもないって言ってるでしょ!」 キョン「まあ、言いたくないこともあるだろうが、言えることなら吐き出した方が楽になるぞ」 ハルヒ「だから何でもないの! (もう送り迎えがなくなって寂しいなんて言える訳ないじゃない)」 キョン「……そうか。ところでハルヒ。送迎の話だがな」 ハルヒ「……何よ(人の痛いところついてくるんじゃないわよ!)」 キョン「お前はもういいと言ったけど、続けていいか?」 ハルヒ「え? どうして? 面倒じゃないの?」 キョン「お前は俺が面倒だと分かっててやらせたのかよ」 ハルヒ「せっ責任は責任でしょ!」 キョン「おい、だから怪我は俺のせいじゃ……まあいい。送迎も面倒ではないとは言い切れんがな」 ハルヒ「じゃあどうして……」 キョン「せっかく早起きの習慣がついたんだ。今更戻るのもなんかもったいない。帰りはついでだ」 ハルヒ「そ、そう。あんたがそう言うならしょうがないわね。いいわよ」 キョン「そうか、悪いな」 ハルヒ「別に謝ることじゃないでしょ! 仕方ないからあんたは一生あたしの送り迎えしてなさい!」 キョン「一生!!?? おいまて、俺は一生お前の雑用かよ!!!」 ハルヒ「あったりまえでしょ!!」 キョン「やれやれ、元気出たからいいとするか……」 キョン「(いつの間にか2人で過ごす時間が楽しいなんて思っちまってるんだからな。やれやれ)」 ハルヒ「(理由は気に入らないけど……でもどうしよう、嬉しいかも)」 長門@監視中「いい加減素直になりやがれこのヤロウ」 みくる@長門製監視モニタを借りている「ふわぁ~ 涼宮さん、プロポーズです~」 古泉@みくる同様「彼は本当に分かってないのか、ポーズなのか……悩むところですね」 実は最後のモノローグすら素直じゃないキョン保守 1ヶ月後くらいの早朝の部室 ハルヒ「ねえキョン」 キョン「何だ?」 ハルヒ「……その、いつも……あ、ありがと」 キョン「どうした!? 急に! 熱でもあるのか!?」 ハルヒ「バカ! 違うわよ! 何よ、せっかく人が素直に……」 キョン「いや、悪かった。ハルヒに礼を言われるとは思わなかったんでな」 ハルヒ「あたしだってお礼くらい言えるわよっ! バカにしてんの!?」 キョン「だから悪かったって。まあ、俺が好きでやってることだからな。礼には及ばん」 ハルヒ「それもそうね。ま、あたしを送迎できるんだから感謝して貰ってもいいくらいよね」 キョン「おいおい。ま、それくらいの方がお前らしいか」 ハルヒ「て、話をはぐらかすんじゃない!」 キョン「は!? お前訳分からんぞ」 ハルヒ「その、まあ、あたしも感謝はしてるんだから……お礼でも……」 キョン「礼ならさっき言って貰ったぞ」 ハルヒ「そうじゃなくて……目を閉じなさい」 キョン「へ?」 ハルヒ「いいから!」 キョン「わかったよ」 キョン「……っ///」 ハルヒ「……///」 キョン「……今何をした!///」 ハルヒ「うっさい! お礼よ、お礼!///」 さて、ハルヒはキョンに何をしたんでしょうね?保守 ちょっとの間があった キョン「団長様にここまでしていただけるほどのことをした覚えはないんだが」 ハルヒ「何よっ バカにしてんの!?」 キョン「いや、そうじゃないんだが……」 ハルヒ「朝弱いって言ってるあんたが早朝から来てくれるんだし、あたしも楽だし……」 キョン「いや、だからそうじゃなくてだな」 ハルヒ「何よっ」 キョン「あー……。その、何だな。……お礼じゃないほうが嬉しいんだが」 ハルヒ「え? どういう意味??」 キョン「……っ/// 妄言だ、忘れてくれ」 ハルヒ「は? あんた団長に『忘れてくれ』なんて通じると思ってんの!!??」 キョン「……はい、思ってません(長門には通じたんだがな)」 ハルヒ「じゃあ説明しなさい」 キョン「……俺、実はポニーテール萌えなんだ」 ハルヒ「えっ」 キョン「いつだったかのお前のポニーテールはそりゃもう反則的なまでに似合ってたぞ」 ハルヒ「えっ それって……んっ……」 ハルヒ「……んっ…はぁっ……ちょっとあんた……///」 キョン「……まあ、つまりそういうことだ///」 ハルヒ「わけわかんないわよ///」 セリフあってるか?保守 ハルヒ「……まあいいわ。あんたSOS団団長にここまでしたんだから覚悟は出来てるでしょうね」 キョン「(嫌な予感)何の覚悟だ!?」 ハルヒ「あんたは一生SOS団の団員その1にして雑用係にしてあたしの下僕よ!!!」 キョン「ちょっと待て! 団員と雑用はこの際甘んじるがお前の下僕ってのは認められん!」 ハルヒ「うっさい! このあたしに…あ、あんなことして、許されると思ってるの!」 キョン「先にしたのはお前だろうが!!!」 ハルヒ「うっさい! あたしはいいのよ、団長だから!」 キョン「断じて認めん! 断固抗議する!!!」 ハルヒ「却下!!!」 古泉@覗き「ここまで来て素直になれないとは……お二人とも重傷ですね」 みくる@覗き「はわわわ~ 何でそこで喧嘩しちゃうんですか~~」 長門@覗き「……ここまで来て『好き』も言えない。予測不能」 キョン「……ちょっと待て」 ハルヒ「何?」 キョン「何か見られてる気がしないか?」 ハルヒ「誰もいないわよ……でも変ね、そんな気が……」 キョン「(あいつら、まさかまた見てるんじゃないだろうな!?)」 古・み・長「「「ばっち見てま~すwww」」」 キョン「……やれやれ」 ハルヒが顔に怪我しちゃった保守 おしまい。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4792.html
「ねえ、ちょっと」 くいっと俺の服が引かれ、 「なによ、あれ。何であんたがあそこに居るの? ここは何処なのよ?」 中学ハルヒは現状況の雰囲気だけは察知しているのか、息を潜めて俺に尋ねてきた。 「ここは……その、なんだ。北校の校門前で、あれは過去の俺だよ」 「過去のあんたは何してんの? あそこで、この長門って人に話しかけてるみたいだけど」 ん……それについては話してる暇が無さそうだな。と考えた俺は、 「とにかく……そろそろ事態は動き出すから、もう少し見守っててくれ」 「でもさ、あたしは何をやればいいの? 見てるだけ?」 ……どうだろう。朝比奈さんは何か知っているだろうか。 「あたしも、その、詳しくは聞いていません。知っているとすれば……」 と言いながら、自分の未来である女性の後姿に不安そうな視線を向けた。 「それと……」朝比奈さんは視線を落として、「……すみません。キョンくんに、何度もこんな場面を見せることになってしまって。そして、それを止めることが出来ないあたしも――」 確かに何度も見たい映像じゃないが、それを言うなら朝比奈さんこそ気の毒だ。単純に考えて俺の倍はこの場面に立ち会わなければならないのだから。 「あ、」 これは誰の声だか分からないが、ここにいる長門のではない。俺かハルヒか、朝比奈さんか。何故この声が漏れ出したのかと言えば、答えは簡単だ。 ――刺された。目の前の『俺』が、朝倉に。 「――キョンくん!」 朝比奈さんが慌てて走り出すと、すぐさま見えない壁にぶつかり「あ……!」っと前回と同じ行動を繰り返した。 「長門さん!」 朝比奈さんのセリフを合図に、俺も走り出す。 ……が、俺の足はすぐさま停止した。 「な……?」 ――長門が展開しているフィールドが、解除されていない。 「ちょっと……。あの女の人、あんたを――」 驚愕の色を隠せないハルヒが、こぼすように呟く。そして校門の前では、朝倉が倒れている『俺』に向かって何かを話している。何か、とは言うものの、その内容を俺は知っているのだが。 「えっ……長門さん!? 何してるんですか! 早くしないと……キョンくんが!」 こうしている間にも朝倉は『俺』へと近づき、ナイフを『俺』に突き立てんとしている。 と、そのとき。沈黙を貫き通していた長門が疾走し、朝倉のナイフを掴みにかかった。 「朝比奈さん! 俺たちも行きましょう!」 残されて呆気に取られている朝比奈さんに呼びかけ俺たちも駆け出し、数瞬遅れの俺たちが現場で見たものは、すんでの位置で朝倉のナイフを素手でホールドした長門の姿であり、朝倉は急に伸びてきた手に戦慄を走らせた後、 「誰!?」 と吃驚し、付近で腰を抜かしている眼鏡の長門はこの光景を目の当たりにすると、 「あ……?」 疑問符付きの小声を出した。その間に朝比奈さん(大、小)は刺された『俺』へとすがりついて、朦朧としている『俺』に話掛けている。この光景……朝比奈さん(大)が言っていたように、刺された俺が見ていたものそのままだ。こうして客観的に見ると、体験したときよりも事の流れが速いように思う。やはり、人は死が近づくと時間を長く感じるのだろうか。 「なぜ!? あなたは……!? どうして……」 と朝倉が叫んだところで、二人の朝比奈さんは、俺の記憶する言葉を『俺』に言い放っていた。 ……そして現在の俺は、この時の朝倉の言葉に続きがあったのを知ることとなる。 「そんな状態に、なっているの……?」 この言葉は朝比奈さんたちの言葉にかき消されて、刺された瞬間の俺には聞こえなかったのだろう。 俺は倒れている『俺』の側に転がる長門銃を拾い上げ、自分に向かって、 「すまねえな。わけあって助けることはできなかったんだ。(分岐点を作るために必要だったとよ)だが気にするな。俺も痛かったさ。(見ているだけで思い出せるね)まあ、後のことは俺たちが何とかする。(ハルヒだっている)いや、どうにかなることはもう分かっているんだ。(この問題を解決したから、あの三日間が生まれているらしい)」 そして俺の姿を死にそうになりながら確認しようとしている『俺』に、 「お前にもすぐ解る。今は寝てろ」 そうして『俺』は死の眠りにつくかのように気絶した。 ……俺の台詞は、思い出しながら復唱しておくまでもなくすらすらと出てきていた。やはり現在の俺の行動が、この日の基点になっているのだろう。 「ひょっとして、死んじゃったの?」 背後からハルヒの声がした。死んでるっぽいが、この俺は幽霊でも何でもないということから、こいつはまだ生きてると断言できるな。 「キョンくん! しっかり……!」 朝比奈さん(小)が『俺』を揺らし、三途の川の橋渡しをしようとしている。だから、あんまり揺らすと死んじゃいますよ? さて。これから俺は、朝倉が消えて世界が修正された前回とは違った結末を迎えなければならない。あの三日間に繋がるようにしなければならないのなら、長門銃――再修正プログラムは使わないのだろうか。 俺は朝倉と長門の姿を確認する。長門が掴んでいる朝倉のナイフはきらめくことなくズルリと抜け出し、朝倉は後方へと飛び退いた。長門はしゃがみ込むと『俺』の傷口に触れ、おそらく治療であろう行為を行った。そして朝倉の方へとにじり寄り、一定の間合いを保って得も知れぬ緊迫感の飛び交う拮抗状態を作り出す。倒れ込む『俺』は上半身を朝比奈さん(大)の膝の上に抱えられ、永眠に似た安眠を惰眠の如く貪っている。変わってもらいたいが、今は朝比奈さんの母性に甘えている場合じゃない。 朝倉、と呼びかけようとしたときだった。 「あんたたち、長門さんに何したのよ……」 愕然とした面持ちを下げた朝倉が、虚ろな長門を瞳に据えたまま言い放った。 「わたし……? なぜ……? どうし……て……」 眼鏡の長門はへたり込んだまま、この混迷した状況を把握出来ずに当惑している。朝倉はその長門の姿を確認すると、激情によりわなないていた蒼髪にフッと冷静さを戻し、 「……そっか。もう関係ないのよね。そこの長門さんがどうなっていたとしても。あなたが、長門さんなのだから」 関係ないわけがない。今の長門は長門であって長門じゃないが、そこの眼鏡姿の長門も……長門じゃないんだよ。 長門銃を片手に歩を進めた俺が朝倉に向かって話すと、血の付いたアーミーナイフを持ったそいつは秀麗な笑顔を作りながら、 「この子が長門さんなの」 すっと横へ歩き出す。俺の長門は右足を半歩前に出して距離を詰めようとするが、朝倉はそんな所作を気にもかけない。 「じゃあ聞くけど、あなたの言う長門さんって何? ここにいる、長門さんが望んだ姿の彼女が長門さんじゃないなんて、何を根拠にそう言えるのかしら」 「……長門が自分を作り変えた、ってのが根拠だろう」 俺は続ける。 「俺たちと一緒に過ごしてきた長門が長門だ。そして長門はさっき、そんな今までを消し去って別の長門に変わっちまったんだ。だから……ここにいる長門は、長門じゃない」 言いながら、不安そうな顔を眼鏡の下に貼り付けている長門を見て申しわけなく思っていると、 「どうして?」 朝倉は笑顔を崩さないまま、 「長門さんが望んだ自分の姿である彼女こそが、本当の長門さんじゃないの? あなたがこの長門さんを否定するのは、つまり長門さんの願望を押さえつけているのと変わらないわ」 「違う。人が変わるときってのはもっと別にある。こんな方法じゃありえない。これじゃ、何も変わってないのと一緒だ」 朝倉は一瞬呆けた顔を浮かべたが、すぐにまた余裕のある笑顔へと戻し、 「どういうことかしら」 俺は怯えている眼鏡の長門を一瞥し、朝倉に視線を戻すと、 「……俺はこの日があったから、自分の気持ちに気付いて変わることが出来た。それは俺が一人で過ごしていたら、気付かなかったことだと思う。人が変われるのは、そいつの側に人が居て、そして自分を自分で受け入れることが出来たときなんだ。自分を無理に変えちまうってのは間違いで、変わりたいなら、まずは自分のことを知らなけりゃならないんだ」 「自分のことって?」と聞く朝倉に、 「長門の場合はエラーだのバグだのと言っている部分がそうだな。それはこいつの感情なんだよ。その正体に自分で気付けなかったから、そして、俺もその大きさに気付かなかったから……長門は、世界を変えちまったんだよ」 ふふ――。朝倉は不意にくすぐられたかのような笑いを出し、その姿を見て疑問符を浮かべている俺に整然と、 「それは間違い。感情? そんなの、長門さんは持っていないのよ。長門さんが何を思ってこの姿に自分を変えたのか、あなたに分かる?」 う……。猛烈に否定したいことを言っているが、後半の部分には閉口せざるを得ない。……それを、俺はコイツに尋ねに来たんだ。朝倉は少し顔をしかめている俺に優しく諭すように、 「長門さんが今日の行動を止められなかったのには理由がある。それは、起こす理由があったから。だから彼女は世界を改変したの。その理由っていうのは単純。長門さんは人間になってみたかったのよ。でもそれは彼女の望みを叶えるためのもので、長門さんの望みは他にあるの」 朝倉は俺の長門のほうへと体を向け、俺のことなどまるで見向きもしないように、 「長門さんはね、『心』が欲しかったの。どうしてそんなものを彼女が欲しがったのかといえば……それは、あなたたちが原因」 立ちつくす俺や、大人の朝比奈さんをくるっと見回して、 「クリスマスなんていう記念日に浮かれるあなたたちを見て、長門さんは思った。わたしは、彼らのようにその日を楽しめるのだろうか、今、わたしは楽しいのだろうか。なんてことをね。そしてクリスマスという日の持つ意味が、長門さんを世界の改変へと走らせた」 「クリスマスの……意味だって?」 俺が言葉を出すと朝倉は穏やかに、 「人にとってクリスマスは、神様が人間の子として生まれ出たことを祝うとされている日。この国では、サンタクロースがプレゼントを与えてくれる日でもある。そこで長門さんは思ったの」 不意に朝倉の双眸は俺へと向けられ、俺の瞳を見つめながら……こう呟いた。 『わたしは……『心』が欲しい。その心というものが有機的な活動によって与えられるのならば、わたしは……人間になりたい』 長門の『望み』らしい言葉を言い終えると、軽い溜息を吐くように肩の力を抜き、 「だけどね、『人』になりたいと願った人外の存在が辿る顛末っていうのは、大抵相場が決まっているものなのよ。そして長門さんもその例に漏れなかった。つまり……」 一瞬。朝倉の姿が消失し、次に眼鏡の長門の背後へとふわりと登場したかと思えば、座り込んでいる長門の首元に両腕をまわし、後から抱きついた格好のまま、 「この子のように夢が叶い人間になるか……あなたが連れてきたそこの人形のように、壊れちゃうってこと」 「……ぐ」 それは違う――と言いたいところだが、異議となる言葉が出てこない。 ――くそ、なんて皮肉だ。そういう系統の物語のオチは確かにそういった末路を辿ることが多い。だが、どっちの結末を取ったとしても、長門にとっては―― 「わ……たし……? なんのこと……」 ふるふると小刻みに震える手を自分にからむ朝倉の両手に添え、背後へと向き返す眼鏡の長門。朝倉は長門の頬をスッと撫でつけ、 「あなたは、人の『感情』に魅せられてしまったのね。だけど人間の世界は、優しいあなたが生きるのには適していない。でも安心して? あなたはわたしが守ってあげる。願いを聞いてくれるサンタクロースなんてものがいない代わりに、わたしが長門さんの願いを叶えてあげるから」 「……どういうことだ」 朝倉は軽く目を閉じるとスッと立ち上がり、 「長門さんが欲しいと願う『感情』っていうものは、有機生命体がその脆い身体を守るために、進化の過程で形成されてきたプログラムだと思念体は捉えてる。自分にとって有益なものを選び、害をなすものは忌避するといった行動を取らせるためのね。一言でいえば、『死』を回避するプログラムってところなのかな。情報生命体である思念体には死の概念がないから、わたしたちはそんなものを持っていなかった」 眼鏡の長門を哀愁の目で見下ろしながらそう話すと、俺へと視線を戻し「そしてね、」と続けて、 「長門さん以外のわたしたちインターフェイスは、人類との相互理解の方策を打ち立てるために、涼宮ハルヒの能力発現から間もなく人間社会に溶け込んだの。そこでわたしは色んなものを知ったわ。人間の性質の特異性や、他の有機生命体との相違点。それらの情報を多様に組み上げながら、わたしは人間という存在に対応していった。そして長門さんは、それらがないままに涼宮ハルヒやあなたたちへと接触してしまったの。本来なら観察の役割しか持たなかった彼女が、あなたたちに触れられてエラーを起こすようになった。――そして今日、長門さんは世界を改変するに至ったの。それは自分の身の上に不満を持っているようなあんたに、元の世界がいいか、この長門さんが人間として生きる……あんたにとっての常識的な世界が良いかを選ばせるためでもあり、人間になった自分をあんたに見てもらうためでもあった。そしてあんたは、元の世界を選んだのよね」 「……ああ。その判断は間違っちゃいなかったと思うぜ。ただ、長門の望みを聞いてやれなかったのは最低だった。だから俺は長門のために、またここにやってきたんだ」 そう。と朝倉は興味がなさそうに言い、 「わたしは長門さんのために、彼女が人間に抱いた幻想を……現実のものにしてあげるわ。彼女を脅かす人間を消去して、この人間になった長門さんが笑顔で生きていけるための世界を作るつもり。それが、あたしから長門さんへの――」 ……恐らく朝倉はこの後、クリスマスプレゼント、と続けるつもりだったのだろうが、他のヤツが言葉をはさんだおかげで言うことが出来なかった。どんな台詞が飛んできたかといえば、 「バッカみたい」 これを言ったのはもちろんハルヒだ。ハルヒは自分より年上であるはずの女に向かって、 「あんた賢そうな顔してるけど、てんで分かっちゃいないわ。あたし思うんだけど、機械や人形や動物なんかが人間になりたいっていうとき、なんで自分の体を人間にするために行動するの? そりゃあ体も精神に影響するんだろうけどさ、心の結びつきを考えると、人か動物かなんていう違いってのは男か女かって程度の意味しかないはずなのよ。だからあたしは、動物が人間になりたがるのはとても動物的だと思うけど、逆にね、それが自分自身をちゃんと理解して、自分らしく人間と接している姿には、たとえそいつが何であろうと、あたしはそれにひどく人間味を感じるの。大事なのは中身なのよ。人間の体してたって人間じゃないような奴なんて沢山いる。結局体なんてね、自分という存在の入れ物にしか過ぎないってこと。この長門って人が宇宙人なら、それをネタにして人間と笑い話でもしてればいいじゃない。宇宙人だってのが気になるっていうんなら、相手はそんなの気にすることないって教えてあげればいい。宇宙人だろうが人間だろうが、その人たちの本質的な関係には何の意味もないんだから。それに……」 少し朝倉の姿を視認するような間を空け、確認が終わると、 「あんたも宇宙人なんでしょ? じゃあ、この長門って人も『心』を持てるはずよ。だって、あんたはこの人が心配で、この人のために動いてるじゃない。それって、『心』がないと出来ないことだから。あんたが『心』を持っているんなら、この人も……」 ――と、今度は朝倉がハルヒの言葉の終わらぬうちに、 「そうね。確かにわたしには『心』があるのかもしれない。でもね、あなたが正しいのはそれだけ。他は間違ってるわ」 ハルヒは片方の眉をピクリと吊り上げ、朝倉は不敵な笑みで、 「知ってる? 有機生命体独自の『心』っていうシステムの中でも、人間のそれは特殊なの。一言で言うなら、ウイルスと同じ。わたしに『心』が生まれたのは、人間同士のネットワークに繋がったことによって『心』が伝染したからに他ならないわ。そして長門さんは優秀な端末であるがために、そんなウイルスじみた『心』なんてものを持たなくて済んでいるの。長門さんが人の心を持ちたいのなら、人間になるしかないのよ。そして人間の『心』から生まれる感情の喜怒哀楽っていうのはね、人が社会に組み込まれたときを境に変質しちゃうの。それがどういうことなのか……わたしが教えてあげる」 朝倉はナイフをくるくる回し、その自分の手元に目線をやったまま、 「――人間は、何も知らない子供の頃には自分の周りがとても輝いて見える。世の中は何て素晴しいんだろうって、自分の周囲と人の綺麗な部分しか見えていない人間は思いさえするわ。だけど人が世界を知ったとき、自分という絶対的な存在が、人間社会の中で相対的なものへと変容したときに……その人が見ている世界は一変するの」 ハルヒは一瞬身じろぎし、苦い顔を呈した。そんなハルヒの姿を見て……俺はいつかのハルヒの野球観戦の話と、それに伴うハルヒの憂鬱な表情を想起した。 朝倉はチャッとナイフの柄を掴むと、 「他人の幸せと自分の幸せを見比べて、やがて、自分の幸せはとてもちっぽけなものだと感じるようになる。そして妬む。自分の存在や取り巻くものに不満を覚え、何故自分は……といった怒りを表すようになるのよ。そしてそんな自分を哀れみ、悲しみの中に身をおく。そして最後には……世界が、自分にとって全く楽しいものではなくなってしまうの。……そうね、涼宮ハルヒ。これをもとに、わたしがあなたの未来を予言してみようか」 シュッ、と血のついたナイフの切っ先をハルヒに向けて、 「世界に憂鬱を覚えたあなたは溜息をつくかわりに、そんな退屈な日常を変えるため、消失してしまった喜びを探すために暴走を始める。そしていつまでたっても何処まで走っても『それ』がみつからないことにあなたは次第に動揺を覚え始め、それが誰かの陰謀であることにも気付くことなく、行き場のない感情を抑えきれなくなって憤慨するの。それでもあなたは走り続ける。だけど、それは逃げるという行動に変わって、やがて分裂した道、二つの行き先へと辿り着くことになる。フフ。残念ながら、あなたがそれからどっちへ行くのかは解らないわ。だってさ……」 朝倉はナイフの背を肩にトントンと当てながら……冷めた声で、こう言い放った。 「――着いた先が天国か地獄かなんて、死んでみなければ分からないのだから」 ……ハルヒは面食らったように声を出さず、そのまま、一向に二の句を継げずにいた。そんなハルヒを見て俺は、何も言い返せない自分が……腹立たしかった。 俺とハルヒが押し黙っている――そのときだった。 「――違いますっ!」 この目一杯の否定の意味を込めた声を、俺は聞いたことがある。それは喫茶店で藤原の話を聞いていたときに、俺の朝比奈さんが放った言葉だ。つまり静まり返った俺たちのなかで、この渾身の否定句を飛ばしたのは朝比奈さん(小)だった。 「……あら、小さい未来人もいたの? 何が違うのかしら。教えて欲しいところね」 そういえば、朝比奈さん(小)の姿は朝倉には見えてないのか。俺から見える小さな朝比奈さんは視線を地面に落とし、 「……人は、やがて死にます。だけど涼宮さんは、それを逃げ道になんて絶対にしません! だって……」 そして朝倉を意気のこもった目で見据え……、 「涼宮さんの未来には、キョンくん……そして、SOS団のみんなが待っているから!」 ……どうやら、こちらの預言者の方が一枚上手だったようだな。気持ちいい位にナイスな啖呵だ。さぞかし朝倉も表情を歪ませて――、 と思ったがしかし、当の朝倉は呆れ返ったような風体で、 「何言ってるのよ。その涼宮ハルヒの作ったSOS団こそが現実逃避の最たるものじゃない。あの涼宮ハルヒもやがて気付くわ。自分の行動の虚しさに、そして自分が……いつも独りだったってことにね。その事実を知って驚愕することになるのは、自分勝手な彼女が受ける当然の報いよ」 朝倉は視認できない朝比奈さん(小)の代わりに大人の朝比奈さんを見つめ、 「あなたにとって涼宮ハルヒはどんな存在なの? あなたの未来は、彼女をいいように利用しているだけじゃない。情報統合思念体はね、彼女を進化の可能性の一つとしか捉えていないわ。そして機関とかいう人間たちも、常に他者の前では仮面をかぶり、自らを晒そうとはしない。涼宮ハルヒに限らず、それぞれが結局は自分のため、己のエゴによって行動しているのに過ぎないの。SOS団とかいう集団こそ、涼宮ハルヒを独りにしている原因なんじゃないかしら」 俺の朝比奈さんまでもグッと言葉をなくし、俺は目を細め、ハルヒは朝倉をキッとにらみつけ、長門は虚ろな瞳、朝比奈さんは震える眼で……目前で嗤う女の姿を捉えていた。朝倉は血みどろのナイフをスッと降ろすと、 「でも安心して。それは人として当然の動きなのだから。フフ。わたしが見てきた人間の正体を教えてあげよっか」 誰も答えることなど出来ずにいると、もとより返事など求めていなかったように朝倉は喋り出し、 「……他者と交わることによって歪んでしまった人間の感情はね、自分の中だけに向けられているときはまだいいの。だけど、それが他者に向けられたとき、人は自身の向上を忘れ、他人の評価を下げることによって自らを成立させようとする。人の失脚や誤ちに幸福を感じ、自分と違うもの、自分より優れたものを排除しようとする。人が他人のために悲しむのもね、結局は自分に不利益があるからなのよ。そして人は自身が楽をするために同じ人間である他人を利用し、その利益を搾取する。そんな『他』との関わり合いこそ、人間がここまで進化してきた理由」 このとき既に笑顔は消え、愛想をつかした者を見るような卑下した目線で……朝倉は語り出した。 「情報統合思念体は涼宮ハルヒという人間に進化の可能性を感じたのだけど、それは間違いだった。だって現状の人間の進化なんてさ、さっきわたしが言ったように、優秀な存在を残すはずの『淘汰』という現象が、現存するものを食いつぶすだけの行為に変わってしまったものなのだから。つまり、既に人間の進化も頭打ちなのよ。後は、自分たちが堕ちていくことに気付かぬまま身内同士潰しあっていくだけ。それに涼宮ハルヒの情報創造能力だって、現実を認めることが出来ない駄々っ子が創出した……とても幼稚な力。その程度の存在でしかない涼宮ハルヒになんて、情報統合思念体を進化たらしめるヒントなんてあるわけない。いえ、最初から思念体には、自律進化の閉塞状況を打破する方法なんてなかったんだわ。意思統一が不完全な情報生命体の集合であるわたしたち……いえ、彼等には、人間と同じように滅びの道しか残されていなかったの。それを考えてもね、長門さんが世界を作り変えたのは正解だった。元の矛盾だらけの偽りの世界より、長門さんの修正した世界のほうがずっと真実に近いから。でも、真実は常に正しい者に寛容というわけではないのも確か。むしろ、正しい行いをする者こそ馬鹿を見るような世の中なのよ。わたしは長門さんの世界から……そういった、人を笑いながら踏みにじるようなヤツを排除する。この世の悲しみを全部消せば、みんながみんな笑える世界になるはずなの。ねえ、あんたもそうだと思わない? だから、それは必要ないの」 朝倉はそう言うと片手を空にかざし――空気を、掴み取るとるような動作を始めた。 ……待て。これは……、長門が世界を変えたときの――。 「――まさか、そんな……」 小さい朝比奈さんが凍りつく。そして俺の手に握られていた長門銃は微小な光の粒へと姿を変えサラサラと消失していき、現在俺たちが置かれている状況を不穏に示唆していた。 ――まるっきり頭になかった。この世界も時間平面で出来ているなら、ハルヒの情報創造能力もどこかに存在するはずなんだ。 そしてその能力は、ハルヒにも、長門にも備わっていない。とすると、その能力の行き先は…………朝倉。あいつに……。 つまり朝倉は、ハルヒの能力でこの長門が作り変えた世界をさらに改竄するつもりだったんだ。この世界から悪人を消す――気の弱い眼鏡の長門が、他の奴らから傷つけられないために。 「フフ。何といっても、やっぱりこの能力には驚かされるな。その長門さんがまるで障害じゃないもの」 朝倉は勝ちを確信したような声調で、 「そこの『人形』の情報統合思念体との接続と、端末が有する情報操作能力もキャンセルさせて貰ったわ。つまり、もうあなたたちに切り札は残されていない。……わたしは今から、この情報創造能力で世界を整理する。誰もがみな平等で、孤独など存在しない世の中を作るために。わたしは長門さんのためにこれを行うのだけど、あんたらにとっても欣快にすべきことなのよ? 一人では決して生きていけない人間が、他者を食い物にすることなく歩んでいけるようになるのだから。それこそが人と人との繋がり方で、最も正しい――」 「――違う!」 俺の叫びに、朝倉は虚をつかれたように笑みを消した。 「……自分にとって要らないもんを消し去って、都合のいい世界を作るなんてのは絶対に間違ってる。それで良いわけがないんだ!」 当たり前だ。自分のエゴを人に押し付けるヤツは最低だが、そいつを消すなんてのも個人のエゴによる行動でしかない。例えそんな風に平和な世界を作ったとして……長門が、本気で笑顔になれるはずもない。誰だってそうだ。何故ならな、それこそ偽りの、嘘で塗り固められた土台に立つ、虚しいだけの世界でしかないからだ。 「じゃあ、」朝倉は冷ややかな視線で、「あんたは人間の関係をどう思ってるの? 弱者が強者に蹂躙されるのは仕方のないこと? 隙のある奴が悪くて、それを付けねらうのは当然? 小さい輪のなかで互いに傷を舐めあい、意味のない肯定を交わすのが弱者の生き方? あのね、人は誰しも心に壁を作っているのよ。それは、他者の侵入を許さないため。脆い自分を守るため。口ではどんなに仲間意識を語ってもね、絶対的に人間は孤独なの。だからわたしは、人が壁を作らなくてもいい世界を創造する。心の侵犯者を排除すれば、心に壁なんて必要なくなるわ。だって、世界に自分を傷つける者などいないのだから。そうなれば、みんな自分から外へと歩きだす。そして健やかな心を持つ人間がこの世界を調律していくのよ。歪んだ人間の感情なんて自身の進化においてはじゃまっけなノイズでしかない。自律進化を阻害する粗悪な遮蔽物でしかないの」 「……確かに、歪んじまった人間はいるさ。けどな、そんな奴らのために、歪んだ心を直すために、人は一人じゃないんだ」 俺は朝倉の整った顔に苛立ちを見出したが、構わず、 「足を引っ張り合うだけが人間じゃない。人が人と寄り添うのは、感情が後ろ向きになっていること、進むのをやめちまって立ち止まってることをそいつに気付かせるため、そして自分が気付くためなんだ! そうやって前を向き合って、互いに自分の道を歩いていくのが人間の繋がり方なんだよ! ――そしてハルヒ。俺は、お前に言っておきたいことがある」 幼いハルヒは哀切のこもる顔をなだらか俺へと向け、俺は朝倉を見やったまま、 「俺の知ってるハルヒは、いつも高らかに笑ってる奴なんだ。だからお前が他人の幸せを妬むようなとき、俺はそんなのは違うと叱ってやる。自分の存在がちっぽけに思えたときは、俺の中で、ハルヒというやつの存在がどれほど大きいものなのか教えてやる! そしてもしも世界が、お前の目にはツマラナイもののように映るんなら……」 ――俺は、お前が俺にそうしてくれたように……、 「俺がお前の世界を大いに盛り上げてやる!」 そして俺は眼鏡の長門を見て、 「長門。俺がこの世界が楽しいと言えるようになったのは、この日……お前のお陰なんだ。だから俺は……俺たちSOS団は、元の世界を、長門が泣いたり笑ったり、不満だって言えるような世界に変えていく。けどな、それは俺の親友の言葉を借りるなら、価値観の変容によるものだ。お前はもっと笑っていい。泣いていいんだよ。そうするために必要な、立派な心がお前にはある。――お前はただ、感情の出し方を知らないだけなんだから」 「……わたし、が――?」 眼鏡の長門は戸惑いを隠せず、震える声で小さく呟く。 ……気付いてくれ、長門。お前は、お前のままでいいってことに。 「長門。俺は、元のお前に戻って欲しい。長門は長門じゃなきゃダメなんだ。だから――」 「――ふざけたこと言わないで!」 逆上したような声を張り上げ、今までとは打って変わり怒りをあらわにした朝倉は、 「今まで自分たちの行動がどれだけ長門さんを傷つけていたかも知らなかったくせに、都合の良いことばかり彼女に吹きこむんじゃないわよ! そうやってまた長門さんを苦しめるつもり? わたしはそんなの許さない! ……そろそろ気付きなさいよ。あんたはそうやって長門さんを悩ましてるだけなの! 堕落した人間の馴れ合いなんか、彼女に求めないで……!」 激しい感情をぶつける朝倉に眼鏡の長門はびくりと体を強張らせ、朝倉の辛辣な言葉に俺もたじろぐ。 すると朝倉はまるで原発がメルトダウンを起こしたときのように急に静まり返り、体を少しずつ前へと進めながら話し出した。 「――そうよ。こうなったのも、全てあんたらが原因なの。あんたは長門さんを傷つける。死ねばいいんだわ。でも……」 ザッと足を踏み鳴らし停止した朝倉の体はハルヒへと向けられ、 「すべての始まりはあなたなのよね。あなたこそ死ぬべきよ。あんたが長門さんを傷つけるより先に、わたしがあんたに『死』と痛みを与えてあげるわ。涼宮ハルヒ、それがあなたへのクリスマスプレゼント。最初で最後のね。しっかり受け取って頂戴――」 朝倉はナイフを腰元に構えると、滑空するようにハルヒの元へと飛びかかる――! 「……ハルヒ! やめ――」走り出そうとした俺に急激な頭痛が襲来し、「う………」と堪らずよろめいた俺は片手を額に当てて停止した。 ――なんだ……!? 頭の中に、聞き覚えのある女の声が響きわたる――。これは、喜緑さん…………? 「な………」「あ………」 中学ハルヒと眼鏡長門は朝倉の突然なる凶行に、長門は文字通り腰を抜かしたまま、ハルヒは身じろぎ一つ出来ないで凍り付いてしまっている。くそ、このままじゃ……。 だが次第に俺の頭痛も激しさを増し、それに伴い喜緑さんの声が言葉となって明確になっていく――。 『パーソナルネーム『長門有希』へのアクセス要望を確認。自動解凍処理プログラム起動。制限解除コード解凍完了。解除コード××××。同期可能な状態への復帰を確認。当該対象への同期を開始します――』 「――ぐ。一体、何が起きて…………」 いや……。待て……。微かに他の声も聞こえる……? これは……アイツの――――。 そして俺の目の前で、朝倉は――――。 ノンタイトル・サード
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/6179.html
「東中学出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」